らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0807

与板城(長岡市)  

★兼続が新築移転した直江家の居城★

こんばんわ。
昨日は信州上田の第22回大花火大会でした。

22年もやってるの?知らなかったなあ・・。

花火大会も不景気で中止する自治体が多いと聞きますが、さすが真田の心意気!!

今回は人質として上杉家に預けられていた真田幸村も遊びに行ったかもしれない?与板城ですw

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↑顔の部分が記念撮影用に開閉式になっていたのは驚きでしたYO
◆行政を意識した城の進化の過程◆

さすが上杉家の筆頭家老だけあって、越後時代でも知行5万石は破格の扱い。
のちに会津転封になった時には上杉家の120万石とは別に米沢30万石を秀吉より賜ったのは有名な話。

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天然の地形に人工的な手を加えてます。本郭のある頂上が104m、俗に言う平山城の分類。

~景綱、信綱そして兼続~


直江家が歴史に登場してくるのは謙信公の直参となった景綱の代からです。
世継ぎのいなかった景綱は、娘のお船に長尾氏から婿養子(信綱)を迎え直江家を継がせます。
しかし御館の乱後の恩賞を巡り不慮の死を遂げてしまいます。

名門直江家の断絶を惜しむ景勝は樋口兼続に未亡人お船への婿入りを命じ、直江兼続となります。

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与板城入り口にある八坂神社。ここから歩いて10分ほどで本郭頂上

代々直江家の城だった与板城(区別するために本与板城と呼ばれます)へ入城した兼続は、近くにあった天然要害の小山に新たに縄張り築城して移転します。

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曲郭から本郭を望む(何故か越後では本郭ではなく実城と呼びます)

この城は実城(本郭)、二の郭、三の郭の他に烽火台、弓場、射撃場、兵溜があり、近代城郭へ変遷する過程がよくわかります。
また、山城ではなく平山城にしたのも、戦乱の収まった越後では実戦というよりも行政の中心を意識したのかもしれません。

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実城跡に建つ兼続直筆といわれる書と花押

この日は生憎の雨でしたが、実城からは越後平野が一望できます。また、交通の要所でもあり春日山城へは信濃川を船で移動したとの事です。

農地の開墾や鉄砲、刀などの生産、市場開放で城下町の整備を進める一方で越後の惣奉行として越後の統一と発展に大きく寄与していきます。

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直江軍旗と呼ばれる雁をデザインした旗。

会津移転までの間、お船と過ごした与板。彼にとっても忘れがたい故郷だったのでしょうね。

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与板城全景

場所:新潟県長岡市与板
お勧め度:★★★★
遺構:土塁、空堀、郭
その他:体力がなくてもお散歩気分で充分散策できる城跡です。近くに兼続お船ミュージアム(与板民俗資料館)や移転前の本与板城があります。





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Posted on 2009/08/07 Fri. 08:10 [edit]

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