らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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山口城④・本城(飯山市旭)  

◆郭の平削に「削り残し」を多用する越軍の縄張りか?◆

GW連休明けは木曽義仲に関連する史跡巡りをオンタイムでツイッターに投稿している。

何せ山城探訪の中心となる戦国時代ですら今から四百年~五百年前なのに、源平合戦となると八百年も前の話。史実というよりは、伝承の域となるので史跡や遺跡の特定は難しい・・・(笑)
それでも、そこに浪漫の欠片を見つける作業が楽しいんですよネ。

さて今回は山口城シリーズの最終章をお届けしましょう。

山口城の本城 (1)
南側の大手の登城口。四駆の軽自動車なら入口まで登れます。小生の軽はFFで登れず断念・・(汗)

【立地】

飯山市旭地区山口の後背の西の山に山口城の本城がある。南北に細長い尾根を利用して縄張りが巡らされ、北東の山の尾根の末端部に小城、東山麓の台地上に御屋敷と馬場があり、その下に山口組集落が広がる。
春日山と飯山を結ぶ富倉道の入口を制する要衝である。

山口城周辺図
国土地理院1/25000地図を引用。

【城主・城歴】

定本「北信濃の城」(1996年 郷土出版社)の望月静雄氏の解説が分かりやすいので引用する。

「本城については、高井郡岩井(中野市)に分家した泉氏(尾崎氏)一族の岩井氏が、天文年間(1532~55)に山口に移り、山口城を築城したと伝承されている。しかし、最近では、岩井氏は泉一族では無く高梨系であるとの説が有力になっている。それにしても大規模な城であることや、春日山と飯山城を結ぶ重要なルートに位置してる事、戦国期の他豪族の情勢等を考え合わせると城主は岩井氏が妥当である。
年代的には、武田晴信(信玄)の北信濃侵攻や同族と思われる高梨氏の動向等から推定すれば、天文年間末~永禄七年(1564)頃の間の築城とみられる。

山口本城見取図①
郭1・2・3は戦国末期まで改修が続けられたようだ。

天正十年(1582)、岩井氏は上杉氏の相続争いに際して景勝派として功があったため、本領及び替差、静間、蓮、岩井の地を与えられている。この本領が山口を含む南条地域と考えられる。その後岩井氏は景勝より飯山城代を命じられ城の改修とともに城下町を整え、近世飯山城下町の基礎を作った。しかし慶長三年(1598)、景勝の会津移封に伴い、岩井氏もそれに従って山口城を後にした。」

山口城の本城 (3)
鳥居からの坂道を登ると巨大な堀切㋐に遭遇。神社の参道として改変したので土塁も崩されたのであろう。(南側から撮影)

山口城の本城 (13)
堀切㋐の土橋とその周辺の処理(北側より撮影)

【城跡】

最初に現れる堀切㋐は、掘の両サイドを土塁でかさ上げし東西の斜面に対して長大な竪掘となって豪快に落ちている。堀の中央底は土橋で石積みとなっているが、大手道とはいえ、往時にこの遺構があったかは疑問だ。神社を勧請した時の参道として造成されたと見るべきであろうか。

山口城の本城 (12)
西側の斜面から撮影した堀切㋐。

山口城の本城 (8)
西斜面に落ちる堀切㋐。東側の掘は藪が酷くて・・。

堀切㋐の先にあるのが長方形の郭3で、この城域で最大の面積を誇る。郭の西側には土塁が残るが、これは盛土ではなく、平削時における削り残しと考えられている。64m×20mは馬出しと見ても良いと思われる。郭2と連結する手前に一段高くして堀切㋑を穿つ。なかなか技巧的でもある。

山口城の本城 (16)
南側から見た郭3.西側の土塁は削り残しであるという。

山口城の本城 (29)
堀切㋑から見た郭3の周辺。

山口城の本城 (28)
堀切㋑の土橋の拡大。これも参道による改変だろう。ストレートに郭2へ入る構造などありえない。

郭2は西側に段郭が作られているので、本来は㋑の堀底の西側から段郭を通って郭2に入ったものであろう。
郭の東側に石積みが見られるが、神社の勧進に伴い作られたと思われるが断定は出来ない。

山口城の本城 (31)
郭2の中心部。全体的に傾斜がついている。

山口城の本城 (32)
東側の石積み。城とは関係の無い積まれ方のように思える。枡形の一部として見れない事もないが。

山口城の本城 (42)
郭1との接続部分(北側より撮影)。本来の虎口はここではなく、帯郭を通って北側から入ったと推定される。

山口城の本城 (34)
郭2から見た郭1の入口(虎口)。ストレートに主郭に入れる縄張りなど防御視点からみればあり得ない。迂回したのだろう。

ここで問題になるのが片掘りとして処理されている堀切㋒であろうか。東斜面いは恐ろしく長大な二重横堀が防御の中枢を担っているので、この程度の処理でも良かったと思われる。

山口城の本城 (40)
最近編み出した「堀切の立体的画像処理」(笑) 三歳児のお絵かきレベルであろう。

主郭(34×25)は西側を除いて周囲を囲んだ土塁跡が残る。
北西尾根は四条の堀切を設置しているが、前述の下り切㋐・㋑・㋒に比較すると年代は古く加工度も低い。
巨大な二重堀切に繋がる北東尾根の郭4とその周辺も適当に段郭を設置しているだけなので、改修された痕跡など無い。

山口城の本城 (46)
郭1の中心部に設置された石祠。

山口城の本城 (57)
北東の尾根の最初に現れる堀切㋔。

山口城の本城 (58)
北西尾根の処理。古い処理といっても甲越紛争の始まるチョッと前ぐらいであろう。

山口城の本城 (62)
堀切㋕(上巾13m、深さ8m)。溜め息ものである。

山口城の本城 (65)
堀切㋖(上巾9m、深さ7m)

山口城の本城 (69)
北西尾根四連堀切の最終堀切㋗

もともと北西尾根の四連の堀切群は、北東の沢から攻め登る敵に対しての防御であったが、小城と二重横堀の設営により役割を終えたらしく、改修もされずに放置されたと思える。(それにしても厳しい備えのままだが)

北東尾根の郭4は、北西尾根の堀切で迂回した攻城軍の迎撃用としての武者溜まりとみるべきで、巨大横堀との連携性はあまりないようだ。

山口城の本城 (82)
郭1との斜面を断ち切る堀切㋓。

山口城の本城 (91)
郭4。藪が酷過ぎて、我々はいったいどこにいるのかも分からない状態だが、平削された地面で判断した。

山口城の本城 (96)
北東尾根の最先端で最終となる帯郭。

ここから我々は尾根伝いに下り、二重横堀を目指したのだが、灌木、藪の困難は想像を絶するものがあった・・・・・。

屋敷・小城・二重テラス・本城という世にも奇妙な四身一体の防御システムは、信濃の城郭群の中でも特殊である。戦国末期にこのような縄張りを持つ城も珍しいと思われる。
実戦に即した緊迫感溢れる山城を、皆さんにも是非味わっていただきたものである・・・(笑)

≪山口城 本城≫ (やまぐちじょう ほんじょう)

標高:582m 比高:225m 
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:飯山市旭城平
攻城日:初回2013年5月19日 二回目2014年11月24日
お勧め度:★★★★★ (四ヶ所合計で満点じゃ!)
城跡までの所要時間:15分
駐車場:道路脇に適当に路駐
見どころ:堀切、土塁
参考文献:「信濃の山城と館⑧水内・高井・補遺編」(2014年 宮坂武男著 戎光祥出版) 「定本北信濃の城」(1996年 郷土出版)
注意事項:オフシーズン(GW明けから9月末まで)は藪が酷く状態も酷いのでお勧めできません。
付近の城跡:富倉城、中条城・累城、飯山城など
その他:巨大横堀は絶対見るべし!! (藪の困難に立ち向かえば勇者の称号を授けよう・・・笑)
Special Thanks:ていぴす様、あおれんじゃあ様

山口城のお屋敷 (5)
御屋敷から見た山口城の本城。



山口城の小城 (64)
せっかくなのでお越しの際は全部見てくださいまし・・(笑)


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Posted on 2015/05/20 Wed. 21:34 [edit]

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コメント

背後を見なけりゃマニアじゃない!

飯山地方を代表する城だけあり、参道を兼ねた南側の遺構はなかなかのものですが、南の尾根筋がただの緩斜面というのも中途半端な感じ、やはり、増築途中で工事を止めた感じも受けます。
さすが、北西尾根や北尾根まで行く人間は、ビョーニンくらいでしょうなあ。
やはりあの巨大横堀を見ないとねえ。
しかし、あの超藪、苦戦しましたが、あれを見なきゃ、ここに来た価値が半減でしょう。
小城も・・メイン部分より脇役の方が名優?

あおれんじゃあ #- | URL | 2015/05/24 09:33 * edit *

Re: あおれんじゃあ様へ

連コメありがとうございますw

山口城は四点豪華セットで楽しむ城ですね。ただ、訪問時期が難しい・・(汗)
勝頼に割譲した飯山城ですが、武田があっさりと滅亡してしまい織田方の城になるに及び境目の防衛拠点として慌てて大規模な改修工事を行ったように思えます。

イイお城でした。ビョーニンには危険です(笑)
特に小城はいけません。あの強烈で長大で鋭角な三連の堀切と垂直な切岸でアドレナリンは抑止不能となりますネ・・(爆)

らんまる #- | URL | 2015/05/24 09:48 * edit *
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