らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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古海城 (上水内郡信濃町古海)  

◆放射状の竪堀群を備える円郭式の要塞◆

先週の三連休の初日は、身内の軍事訓練の閲覧式(別名:運動会とも)への参加要請があり止む無く参加。

翌日の日曜日は午後から晴れるとの予報を信じて下諏訪方面に出陣するが、雨が止んだのは午後2時過ぎ。しかしスパイクピン付きのゴム長を履いて下諏訪町の「高木城」「山吹小城」「山吹大城」を攻略。感動した・・・。

12日は信濃先方衆の「ていぴす殿」、えいきの修学旅行の管理人である「えいき殿」と3名で夜交氏山城(山ノ内町)、沼ノ入城(中野市)の攻略に成功する。

夜交氏山城(山ノ内町) (158)
Web初公開らしい夜交氏山城(よまぜしやまじょう 夜間瀬城とも)の縦走は忍耐と体力の勝負だった・・(汗)



例のごとく、いつ掲載になるか予告すら出来ない山城の記事などに期待は無用であろう・・(笑)

今回ご紹介するのは、道なき斜面を直登したものだけが堪能出来る「古海城」だ・・・。

古海城(信濃町) (2)
県道96号線の古海トンネルの北出口の最初のカーブ脇から城跡を目指そう。

古海城(信濃町) (88)
宮坂武男氏は南東の鞍部(尾根筋)を目指せというが、どうせ道が無くて藪なら直接斜面を這い上がるのが近道であろう。

【立地】

野尻湖の北東、古海集落の後背の円錐形の山が城山である。南東1.2kmの斑尾山の中腹には貉倉城(むじなくらじょう)があり、この2城は連動していたと宮坂武男氏は推定している。

古海城縄張図② 001
根性で登る比高80mはチョイとキツいが、境目に近い北信濃で武田流築城術とおぼしき放射状竪堀に驚くこと請負いである。

【城主・状歴】

長野県町村誌では、「養和元年(1181)、越後国烏城の城主城長茂(じょうながしげ)、木曽義仲を討の際、築城せしと云ふ。」と記載があるが、そこまで遡るほど古いものではないようだ。

野尻湖の北側に位置する古海集落は、上越の関川や田口に通じる重要な古道が走り湖岸を通じて割ヶ岳城にも繋がっている。斑尾山を超えれば飯山なので、甲越紛争における越軍の最前線として琵琶島城野尻城とともに重要視されたことが考えられる。

古海城(信濃町) (3)
藪を掻い潜って南東の斜面を登ると人工的な切岸が現れる。そう、これが横堀+放射状竪堀の痕跡なのだ。

永禄七年(1564)、信玄は謙信が関東へ出陣した隙を突いて野尻城(このときは琵琶島城か?)を攻め落としている。その後すぐに上杉方が奪還しているが、古海城はその時に武田方により改修された事も想定される。

古海城(信濃町) (27)
郭1を囲むように土手付きの郭2が周回する。武者溜りを兼ねているようだ。

古海城(信濃町) (14)
郭1(主郭)は藪が酷く、円形なのが分かる程度で、残念ながら細部まで表面観察が出来ない・・(汗)

【城跡】

古海城だけでなく、北信濃の城跡は年間を通して藪に覆われた場所が多く写真撮影は愚か表面観察すらままならない。

この城は頂部に土塁付の主郭を置き、周囲に円郭式の郭2を置いて傾斜が緩くウィークポイントである東尾根に続く東~南斜面に横堀と放射状の竪堀を穿っている。
この形状は付近の山城にはなく、白馬村や小谷村に一部残る甲州流の築城技術と繋がりがあるように思える。

●主郭と土塁に囲まれた郭2周辺

独立峰に円郭を置くことで全方位の防御が楽になる仕組みを採用している。土塁も「叩き土塁」として頑強仕様になっている。

古海城(信濃町) (64)
主郭の北側に残る土塁痕。土留めの石積みも確認出来る。

古海城(信濃町) (16)
主郭から見下ろした郭2.

古海城(信濃町) (34)
郭2も2/3は藪に覆われているが無理に歩いて撮影して補助線引いてみた・・。

古海城(信濃町) (45)
郭2の北西にある枡形状の虎口。尾根先に小さな段郭があるので、こちらが大手か?

古海城(信濃町) (40)
虎口の断面。単純に盛り土しただけでなく上部を叩いて潰し強固にしているのがお分かりいただけるでしょうか。

●横堀+放射状竪堀

この城の最大の見どころは藪に覆われて表面観察が厳しい。しかし踏査する価値は十分でその遺構は素晴らしい。
椿などの常緑樹が蔓延るので、冬に訪れたとしても写真映えはしないと思われる・・・(汗)

古海城(信濃町) (53)
郭2から見下ろした横堀と竪堀。(補助線が強引過ぎか・・・汗)

古海城(信濃町) (70)
郭2から横堀までの切岸。人工的に斜面を削っているのが分かる。

古海城(信濃町) (73)
横堀を抉じ開けるように竪堀が開口している。

古海城(信濃町) (75)
横から見るとこんな感じ。竪堀は短いが斜面が急なのでこの程度で充分機能したと思われる。

古海城(信濃町) (76)
もう少しシンプルにしてみた。あまり変わり映えしないか・・・(笑)

横堀+放射状竪堀といえば、残念ながら破壊されてしまった白馬村の三日市場城が有名で、ここはそのミニュチュア版といった城だろうか。
一時的に武田軍が野尻湖周辺を制圧した時に短期間で造成された砦とみて差支えないように思える。

古海城(信濃町) (80)
郭2までの比高は結構ある。

古海城(信濃町) (85)
北東尾根の処理状況。

野尻湖の北面の小さな円錐形の山にこんな「お宝」が眠っているとは驚きであった。

謙信の喉元に匕首を立てたようなマニア必見の見事な要塞である。


≪古海城≫ (ふるみじょう 城山) 

標高:803m 比高:135m 
築城年代:不明
築城・居住:不明
場所:長野市平柴
攻城日:2015年9月13日
お勧め度:★★★★☆
城跡までの所要時間:20分
駐車場:古海トンネル脇の空き地に路駐
見どころ:放射状竪堀+横堀、土塁など
参考文献・書籍:「信濃の山城と館⑧ 水内・高井・補遺編」(宮坂武男著 2014年 戎光祥出版)
注意事項:基本は道なき直登。ひたすら登れば着く。
付近の城跡:貉倉城、野尻城、琵琶城、土橋城など

古海城(信濃町) (1)
古海トンネル出口付近から見た古海城。さほどの威圧感は無いのだが、遺構は一級品である。
















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Posted on 2015/10/16 Fri. 22:24 [edit]

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コメント

闘志立つ

先日は、命懸けの夜交氏城にお連れ頂き、誠にありがとうございました。落石の危険を頭脳的に回避しての攀じ登り、そしてはるか彼方の遠見まで…。らんまんさんの励ましがなければとてもそあそこまでは行けなかったと思います。1枚目写真の遠見のもしや左のピークまで行ったのではないかと危惧しております。いずれ私も修学記事書きますので、御笑覧ください。
さて古海城、じつは私、二度挑戦し、二度断念しました。これはいかずばなりますまい。来週、馬念さんと越中になだれ込みますので、帰ったら南東の鞍部(尾根筋)を目指し、踏み込んでみようと思っております。

えいき #- | URL | 2015/10/16 23:11 * edit *

Re: えいき様へ

先日はお疲れさまでした。
口だけは達者でも体力が落ちてきまして皆様の足手まといにならぬよう精いっぱいでございます(笑)

それにしても夜間瀬山の林道の崩落は酷いものでしたネ。おかげで城を覆っていた石積みの材料を手に入れるのは楽だった事が分かりました・・(爆)遠見への縦走もいい思い出になりました。あんな斜面を登る奴らはそうそういるものじゃありません(汗)
野尻湖周辺、さすがに甲越紛争の激戦区だけあって緊張感の高い砦が多くありますね。
まだまだ未発見の砦もあるように思います。

らんまる #- | URL | 2015/10/17 07:21 * edit *

素敵な目玉

こんにちは、らんまるせんせ。ピンポンダッシュの如き無礼ばかりでご無沙汰しております。
ナウマンゾウを見つめる目玉のようなお城ですね。放射状竪堀、すごいなぁ。削って叩いて固めて、土木工事。数百年を経てもがっつり残るなんて、どんな工事をしたのか現場を見たいです。
せんせの、よいこにわかる補助線がやはりわかりやすくてありがたいです。
あと少しでオンシーズンなんですねー。お社巡りは七五三なのでちょっとお休みです。

つねまる #pjmS0te2 | URL | 2015/10/17 17:40 * edit *

Re: つねまる様へ

北海道遠征、お疲れ様でした。
貴殿の探求心と行動力には心底敬服いたします。
「そうだ、でっかいどうに行こう!」とはなかなか言えるものではないし、ましてホントに行くなんて思いもよりませぬw

なるほど、言われてみれば白内障の患者に対するインフォームドコンセントに使えそうな図です・・(笑)
甲越紛争における説明と合意を得られれば良いのですが、なかなか厳しいものがあります・・(汗)

全く関係ありませんが、長野県小諸市に「七五三城」と書いて「しめかけじょう」と読む城があります。
絶対読めません・・・千歳飴を持参しても拒否されます・・・
この城、戦国時代が終焉すると小諸藩主牧野氏の墓地になり現在に至っています。チョッと薄気味悪いというのが感想・・(笑)

らんまる #- | URL | 2015/10/17 20:44 * edit *

いい城ですね

野尻湖の近くに、いい物件があるとは知りませんでした。
行きたいですけど、このあたりのお城は
雪解け後から、緑が芽吹く間がチャンスですね

ところで、宮坂先生の飛騨編でますね、
ここまで出版があるのは、
売り上げがいいんでしょうね。
(城郭体系長野・山梨版が高価なことも一因?)

丸馬出 #- | URL | 2015/10/22 08:26 * edit *

独立峰の城

福島県南部に立地もそっくりの物件がございますが、狼煙台でした。
このような独立した山は沢山あるんですが、意外と城はないか、あってもしょぼいことが多い気がします。
こういう山だと逃走路が確保できないので、狼煙を上げてとんずらといった使い捨て城郭しか造らないんじゃないかと思います。
こんな城でガチンコで戦ったら玉砕でしょう。

あおれんじゃあ #- | URL | 2015/10/22 19:36 * edit *

Re: 丸馬出様へ

甲越紛争における境目の城は緊迫感があってなかなか良い物件が多いですよね。
仰せの通り、北信濃の砦群は雪に閉ざされてしまうので訪城のタイミングが非常に難しい。
栄村の城坂城などは年中藪に覆われており、その素晴らしい遺構を撮影して記録に残すのは困難です(汗)

宮坂本、いよいよラストになりますね。
地図上における城跡の特定という最も困難な作業、そして実測値の書かれた正確な縄張図、美しい鳥瞰図、城の履歴・・・
小生も実際に800以上を巡りましたが、そんな本が一冊1万円以下で手に入るなら絶対にお買い得だと思います。
戎光祥出版社、いい仕事を引き受けていただき感謝ですw

らんまる #- | URL | 2015/10/22 20:31 * edit *

Re: あおれんじゃあ様へ

こりゃまた手厳しいご意見で・・・(笑)
独立峰の砦は近くの割ヶ岳城など上杉さん系に多く見られるのですが、この作りは武田さんぽい。

後詰として上杉方から分捕った割ヶ岳城、野尻城、貉倉城があるので、大規模な改修を加えた時点では使い捨てとは思えないのですがどうでしょう。
西股センセのように「見せる山城」を否定される研究者もいらっしゃいますが、独立峰の禿山の砦は敵から見たらかなり目立つ存在だったと思われます。仰せの通り、まともに籠城など出来ませんが、ハッタリとしては有効だったでしょうネ(笑)

らんまる #- | URL | 2015/10/22 20:52 * edit *
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