らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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夜交氏山城② 小城・遠見 (下高井郡山ノ内町)  

◆四の五の言わず、その目で確かめた事が真実◆

山城探訪も人生も似たようなものかもしれない・・・・

あと500m歩く事が、貴方にとって苦痛なら止めればよい。

でもあと500m歩かなかった為に後悔するなら、歩いて大いに後悔して欲しい。少なくとも歩かなかった奴らよりは納得するだろう。

今回訪問した「夜交氏山城の遠見」とはそういう場所であった・・・。

IMG_3702.jpg
城への熱意が籠った標柱が朽ち果てても、その意思は我らがデジタル画像とSNSで未来に語り継ぐのだ。(大城㋒の堀切)

【小城(女城)の縄張】

大城からの比高は葯90mだが、距離にして約450mほど尾根を歩く。
突如現れる急斜面は、ある程度山城を歩いた方なら分かる通り人手の入った造作物(切岸)である。

夜交氏山城(山ノ内町) (114)
急な斜面だが尾根先に空が見えるので、ため息は不要です・・・(笑)

後詰めというよりは、大城の陥落に備えた退路確保の防御施設としての役割のように思える。
狭い単郭なので兵員の収容や籠城は無理で、一時しのぎの砦とみるべきであろうか。

夜交氏山城 小城見取図① 001
単郭なんですが、防御はしっかりしています。

【城跡】

主郭は大城同様に周囲が囲まれているが、石塁ではなく、土塁である。単に岩ガレが取れなかっただけであろう。
大城側の尾根に二連の堀切を穿ち、主郭背後は落差のある変則二重堀切を穿ち、その先に二条の堀切を置く厳重さである。
段郭を全く置かずに堀切だけの防御としているのは興味深い。
大城よりも時代が後では?と思わせるが断定は出来ない。

夜交氏山城(山ノ内町) (116)
堀切㋖。

夜交氏山城(山ノ内町) (119)
堀切㋖を見下ろす。土橋を付けたら防御力がおちるだろうと思われる堀切㋖。足弱のためだろうか?

夜交氏山城(山ノ内町) (124)
大城側の二番目の堀切㋗。(主郭側より撮影)やはり土橋が付けられている。

小城の主郭は18×17の円形の郭。現在、城跡からの見晴らしは全くダメ。残念・・・(汗)

夜交氏山城(山ノ内町) (134)
主郭の北側。

夜交氏山城(山ノ内町) (132)
主郭の南側には土塁の痕跡がしっかりと確認できる。

夜交氏山城(山ノ内町) (130)
主郭の南西には段郭と竪堀㋘(主郭より見下ろす)

遠見は向かう主郭の背後の処理は、堀切㋙と㋚を急こう配を付けた二重堀切で遮断し、尾根を㋛と㋜の堀切で断ち切る念入りな防御構造である。
この縄張は一見すると遠見の尾根筋への警戒のように見えるが、実はその逆で、大城が破られて小城に退いたときにここで死守する悲壮な決意と考えたほうが良いのかもしれない。遠見のある場所は最終の避難場所だったと思われるのだ。

夜交氏山城(山ノ内町) (137)
主郭背後の二重堀切の処理(露出不足はご勘弁・・・汗)

夜交氏山城(山ノ内町) (142)
堀切㋛(上巾4m)。他の堀切に比べるとやや狭い。

夜交氏山城(山ノ内町) (145)
遠見への最終となる堀切㋜(上巾9m)。堀の淵に立つのは「えいき殿」。大きさの比較としてご登場願った次第・・・(笑)

夜交氏山城(山ノ内町) (146)
チョッと角度を変えて見下ろした堀切㋜。堀底に土橋のような痕跡が残る。


【遠見】

ここからかなり急な尾根筋を登り詰めると、幅が広い平らな場所が出現する。人工的に加工したような場所であり、いわゆる「逃げ込み場所」と呼ばれるような場所である。

さらに登っていくと、国土地理院の地図の表示で1020mの小ピークがある。恐らくここが「遠見」と呼ばれた場所なのだろうが、自然地形で人工的な構築物の存在は確認出来なかった・・・

夜交氏山城(山ノ内町) (149)
遠見に向けて急斜面を登る「えいき様」と「ていぴす様」。「本当に行くんですか?」という声は拙者には聞こえなかった・・(笑)

夜交氏山城(山ノ内町) (151)
逃げ込み場所と思しき削平地その①。

夜交氏山城(山ノ内町) (152)
ここまで来たのだから、もはや前に進むしかない我らであった・・・

夜交氏山城(山ノ内町) (153)
さらに登った先に展開する削平地②。高梨氏に反乱した時の逃げ込み場所として作られたのだろか?広い。

夜交氏山城(山ノ内町) (154)
息も絶え絶えでやっとこさ辿り着いた1020m地点。自然地形である・・・・

実は、「大遠見小屋」(おおとみこや)と呼ばれる遠見については宮坂武男氏も所在を確認できていない。

神と崇められる宮坂氏が見れないものを我々が見れるはずもない・・・(汗)

まあ、それでも何とか無事に縦走出来て感無量でした。

夜交氏山城(山ノ内町) (157)
案外と1190mのピークにあったりして・・・(笑) 求む勇者!!ってか冒険野郎!!(爆)



≪夜交氏山城 小城・遠見≫ (よませしやまじょう こじょう 別名:女城 とおみ) 

標高:893m 比高:370m (遠見は標高:1020m 比高:497m)
築城年代:不明
築城・居住:不明
場所:山ノ内町夜間瀬
攻城日:2015年10月12日
お勧め度:★★★★☆
城跡までの所要時間:140分
駐車場:果樹園脇の空き地に路駐
見どころ:堀切、段郭など
参考文献・書籍:「信濃の山城と館⑧ 水内・高井・補遺編」(宮坂武男著 2014年 戎光祥出版)
注意事項:大城からの続きで道もあり迷うことはないが尾根が長いので体力には余裕を持つこと。遠見へ行くには覚悟が必要。
付近の城跡:近くに鴨ヶ岳城、鎌ヶ岳城、箱山城など。

夜交氏山城遠景


IMG_3715.jpg
危篤状態の小生の願いを聞き入れて同行いただいた重病のお二人には感謝でございますw リンゴ泥棒ですか??(笑)
































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Posted on 2015/10/29 Thu. 21:40 [edit]

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コメント

こしてみると変わったやつらですね

鎖骨の手術や合宿などあり3か月振りの山でしたので、心も足も躍っていました。よりによって夜交で躍らなくてもよさそうなものですが、満ち足りた訪城でした。ありがとうございました。小城、籠城抗戦などできない規模なのに、堀切は鋭く、削平・土塁も丁寧に厳しく造作され、逃げ込み程度の造作ではないですよね。後方の確保と、あるいは、実際は戦闘もできたのでしょうかねぇ。

えいき #- | URL | 2015/10/30 22:43 * edit *

Re: えいき様へ

最近もの忘れが酷くなってきましたので、先に記事を書かせていただきました・・・(笑)

夜交さん、二度も反逆するとはよほど高梨が嫌いだったんでしょうネ。
なので、個人的には甲越紛争時の武田における改修もあったでしょうが、対高梨戦への備えのように思えてなりません。
反逆の火種を抱える高梨家臣団では武田相手にまともには戦えず、籠城を諦め中野館を捨てて飯山城に逃げたとすれば合点のいく話になります。

北信濃の山城群は常に臨戦態勢だった城が多く魅力的ですよネ。またご同行できる候補がありましたらご案内します。

らんまる #- | URL | 2015/10/31 07:53 * edit *

こんにちは~ちょっと御無沙汰しててすいません^^

城の名前が、何て読むか判らなかったです^^;

ほぼ円形の廓って守りづらそうに感じるけど、そうでもないんですね。

拍手☆

時乃★栞 #- | URL | 2015/11/01 16:20 * edit *

Re: 時乃★栞様へ

ご活躍でご多忙のご様子、何よりです。

信濃に限らず、地名は難しいもので、ルビをふってもらわないと読めません・・(汗)
一番いいのは地元の方に聞く事ですかね。
ブログやHPでも城の名を結構間違えているのを時折見かけます。
指摘すると「態度L」とか言われそうです・・・(汗)

らんまる #- | URL | 2015/11/01 19:52 * edit *
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