らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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薬師岳 (上水内郡信濃町)  

◆割ヶ岳城の烽火台だったという言い伝えの残る山◆

中世の山城巡りなどという稀有な趣味が、ようやく市民権を得られる寸前まで来ているらしいが、現実は厳しい。

小生も山城徘徊が本格化するとともに、家人からは奇人・変人扱いならまだしも、この時期の山城三昧は家庭崩壊寸前の罵声を浴びる始末である・・・(汗)

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写真は福平城(長野市戸隠)。ジムニーを手に入れて行動範囲が拡大した事も要因らしい・・・。

家庭を顧みずに趣味に没頭するのなら反省の余地もあろうが、家庭・仕事・趣味の三権分立(?)に日々努力を行っている我が身とすれば、なんとも切ない状況には違いはない。

心が折れぬように懲りもせずまた山へ出かけるばかりである・・・・これじゃ解決策にはならないか・・・(笑)

まだまだ果てしない戦いが続きそうである。で、今回ご紹介するのは、割ヶ岳城の烽火台伝説の残る「薬師岳」。

薬師岳(信濃町) (47)
割ヶ岳城の麓から見た薬師岳(819m)。南へ約1.2kmの至近距離にある。


【立地】

しなの鉄道北しなの線(旧JR飯山線)の古間駅の北側の独立峰が薬師岳で、別名「船岳山」とも呼ばれる。山容は急峻だが、頂上は名前の通り広い舟形をしていて、薬師堂が勧進されている。
北側1.2km先には割ヶ岳城があり、標高は薬師岳のが50m高いので割ヶ岳城の南側の視界を遮る形になっている。越後へ通じる古道が交差する要衝の地でもある。

IMG_3356 (1)
登山道(参道)は山の東側で船岳集落脇の道路から入る。


薬師岳② 001

割ヶ岳城を訪れた事のある人なら、「あー、あの目の前の邪魔な山か!」と思い出すかもしれない。
そして、あの山も城跡じゃないのか?と思った方もいるだろう。小生もずっと気になっていたので、登って確かめることにしたのだ。

薬師岳(信濃町) (4)
つづら折りの参道を20分ほど登ると山頂の薬師堂にたどり着く。(A地点)

【経歴】

「長野県町村誌」には「船岳山」として記載があるが、城跡としての経歴には触れていない。しかし、地元には割ヶ岳城の烽火台だったという伝承があるという。
確かに割ヶ岳城の南側を塞いでしまっているので、野尻城あるいは野尻新城からの烽火を矢筒城や鼻見城へ伝えるには薬師岳を経由させる必要がある。甲越紛争で信玄が上杉軍の野尻城や鰐ヶ岳城(割ヶ岳城とも?)に攻め込んだ際には機能していたことが考えられ、紛争が終息し国境がほぼ固定するに及びその役目は終わったと考えられる。

薬師岳(信濃町) (17)
薬師堂の周囲はコの字型の土塁が囲むが、近年のものであろうか。

薬師岳(信濃町) (8)
神社やお堂を囲む土塁が中世戦国時代の遺構と考えがちだが、即断は危険だ。

【山頂の現在の状況】

今では訪れる参拝者もほとんどいないのか、薬師堂を含めた広い頂上は藪に覆われてしまっている。薬師堂の横には何故か「井戸」の看板があり、藪をかき分けて進むと確かに井戸があった。がしかし、説明版は無い・・・(汗)

薬師岳(信濃町) (16)
藪が生い茂る消えかけた道を50m進むのは違う意味での勇気が必要です・・・(笑)

薬師岳(信濃町) (21)
井戸。せっかく辿り着いたのに何も説明無しとは酷い・・・

宮坂武男氏の縄張図によると、図のCの中間地点に祠があり、更に70mで土塁の残るB地点に出るらしい。
現状の鬱蒼とした林を進むのは結構勇気が要ります・・・(汗)

薬師岳(信濃町) (22)
C地点の祠発見。お札が入っていたので年一度は誰かが来ているようだ。

薬師岳(信濃町) (24)
ここから70m先のB地点への移動も勇気凛々アンパンマンってな訳で。

薬師岳(信濃町) (29)
B地点のコの字型の土塁

恐る恐る辿り着いたB地点。コの字の土塁が確かに確認出来るのである。

「おや?もう一棟薬師堂があったのかしら? それとも地鎮祭だけで終わったのかしら・・・?」

周囲の杉林を取っ払ってしまえば、さぞかし壮大な眺望だったと思われる。ここに城を築城するという発想は何故なかったのか?
まあ、確かに独立峰なので周囲を囲まれてしまえば脱出不可能で全滅という選択しかなくなるが、割ヶ岳城や野尻城の後詰めを期待しても良いような気もするが・・。

薬師岳(信濃町) (26)
土塁脇には石仏があった。時代とすれば、そう古くはないだろう。

残念ながら烽火台としての痕跡を発見することは出来なかった。薬師堂を勧進した際に取り払われたのかもしれない。

それにしても、そんな理由で踏査した宮坂武男氏には感服するが、わざわざ見に登った小生も奇人変人であろう・・(笑)


≪薬師岳≫ (やくしだけ 船岳山) 

標高:819m 比高:180m 
築城年代:不明
築城・居住:不明
場所:上水内郡信濃町富濃
攻城日:2015年9月13日
お勧め度:★☆☆☆☆
城跡までの所要時間:20分
駐車場:道路脇の空き地に路駐
見どころ:土塁、石仏など
参考文献・書籍:「信濃の山城と館⑧ 水内・高井・補遺編」(宮坂武男著 2014年 戎光祥出版)
注意事項:藪で足元が見えないので蛇対策として登山靴にスパッツを装着したほうがよい。
付近の城跡:割ヶ岳城、鼻見城、野尻城、野尻新城、土橋城など

薬師岳(信濃町) (46)
目と鼻の先に見える割ヶ岳城。境目の城として戦国末期まで改修された。北信濃を代表する山城の一つである。









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Posted on 2015/11/01 Sun. 19:44 [edit]

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コメント

悩みどころ

こんばんは、らんまるせんせ。やぶを歩くときは、片足で地べたを確かめてから踏み込むのでしょうか。「井戸」を拝見するたびに、どうしてらんまるせんせは落ちないんたろう?と不思議です。屋根も標識もなく突然ぽっかりと口が開いてるなんて、恐怖ですわ。
寺社で悩むのは、周囲に平地と堀のようなものがある時です。神社なら神仏分離で撤去された寺跡なのか、 反対に元は寺だったのか、往時は境内社があったのか。基礎を造った時の残土なのか、結界の意味合いの水の流れと土手なのか。
戦禍により焼失後、裏山にあった山城へ遷座したのか、境内を利用した山城なのか。
畿内では、古墳の時もあったりして、あたふたします。
神社の資料と山城の資料とにらめっこです。でも、楽しいですねー。
薬師堂があれば、鎮守社かしら。若しくは独立の社が並んでいても山のてっぺんならおかしくない気がします。独立峰なら、神奈備と見てお祀りしたとか、ないかなぁ。

つねまる #pjmS0te2 | URL | 2015/11/01 20:51 * edit *

Re: つねまる様へ

相変わらず勉強熱心ですね、感服致します。
山城の井戸といっても湧水のように窪地に水が沁み出たような場所がほとんどで、くり抜いた井戸を備えた山城は滅多にお目にかかれないので、落ちる心配はほとんどありません(笑)

仰せの通り、神社仏閣の敷地が中世の城館や屋敷跡を利用したケースもありますが判断は難しいところです。廃仏毀釈により改変された寺院跡の石垣は近世城郭真っ青の立派なものが数多くあり、明治政府ももったいない事をしたものだと嘆いております。
信濃の城跡や神社仏閣の経歴は大正の初期に編纂された「長野県町村誌」に基づいていますが、これも微妙なんです。こんな田舎でも地元の口伝は核家族化により伝承されず、我々が地元の方にお聞きしても「さて、生まれも育ちもこの土地だが聞いた事もない」という嘆かわしい実態です。
限界集落という言葉は嫌いですが、そういう田舎の神社もお寺も朽ち果てて何も残らないという現実が目の前に来ているのが残念でなりません。

らんまる #- | URL | 2015/11/02 08:57 * edit *

奇人!

宮坂本にもたいした遺構なしと書いてあったので、行かんと思ったら・・・まさに奇人!俺は行かんかったよ。
この山の方が、割が岳城のある山より高いし、堂々としているので、素人目ではなぜこっちの山にでかい城がないのだろうと思うでしょうね。
でも、どこからも攻めあげられそうな山で、全方向への防御が必要で非合理的なことと、逃げ道がないので狼煙台程度にしたのでしょう。
しかし、下草が凄く、ジメジメしてますね。この手の城、一番困りものですなあ。

あおれんじゃあ #- | URL | 2015/11/04 20:57 * edit *

Re: あおれんじゃあ様へ

恐らく誰も行かないと思ったので登りました・・
みんな大好き「ブログ初公開」の甘い誘惑・・・(笑)
遺構云々よりも腰まで生い茂る藪で足元が見えない恐怖。
長靴か登山靴にスパッツを履かないと蛇に噛まれる危険があるんでビクビクしてました・・・(汗)

似たような相互補完の山城としては、小谷村の平倉城とその南側に位置し標高で100m高い立山が挙げられると思います。
邪魔なんだけどその山があるから的な効果もあったのでしょうネ。

らんまる #- | URL | 2015/11/04 21:46 * edit *
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