らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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北条城 (飯山市豊田)  

◆千曲川の右岸に展開する武田領を監視する立地最高の物見砦◆

某国営放送の大河ドラマ「真田丸」が始まった。

後世の評価が著しく低い武田勝頼の名誉回復がこのドラマで為されたその功績は、長く語り継がれるであろう。

真田信繁という敗者が主人公のドラマの第一回目で、武田勝頼という敗者が見事に描かれた。素晴らしいと思う。

まあね、ここで真田関連の城をアップすればアクセス数アップになるのだろうが、頑なに拒んで我が道を行くゾ!・・(笑)

IMG_3997.jpg
北条城の登り口は、戸狩スキー場のリフト整備用の道路を登った途中にある。オフシーズンなら小型乗用車でも登れるだろう。

今回ご紹介するのは、この山城の立地条件の素晴らしさに感動すること間違いなしの北条城(きたじょうじょう)。

【立地】

飯山市の北方の豊田地区北条集落の北で、戸狩スキー場の真ん中に立つ山に城跡がある。この山の北側には「とん平(とんだいら)」と呼ばれる平原があり、城の南尾根の西側は越後へ通じる小沢峠への古道が通っていて古くから往来に使われていたという。
行き方は、北条集落から戸狩スキー場とん平に向かい車で5分ほど登り、そこから遊歩道を徒歩で登り約5分で城の鞍部に到着する。※遊歩道入口の標柱が倒れているが目立つ山なので迷うことは無い。

北条城(飯山市) (2)
城への遊歩道を登ると「とん平」が見下ろせる。

北条城(飯山市) (3)
長野ICでは土砂降りの雨で万事休すかと思ったが、何とか雨が止み雲海が見られた。

【城主・城歴】

長野県町村誌では「村の中央より北方に在り。今は草山なり。上る高凡百間、麓は島南西に道及耕地を回らし、頂上に二段の平地ありて、回字形をなし、詰の丸東西二十二間、南北三十間、礎及び古井の跡今に存す。東の丸に八幡石(今は五荷組に属す)と称する方二間余の平石あり。明應年間上倉(後北条と改む)外記安明(尾崎氏の後裔上倉の城主上倉安元の弟分家して之を築くと云ふ)之を築城して近隣を領す。後数世を経て、天正年間上杉輝虎に属し、其子景勝飯山築城後、外様十人衆に列し、慶弔三年戊戌三月、陸奥国會津に移り、後草山となる。又麓を距る事四町に、屋敷跡あり、今は田なり。往昔居住の宅地なる由言傳ふ。字上種と称して民家の傍に塁を存す。」とある。

110.jpg
長野県町村誌に記載されている北条城(長野県町村誌豊田村P94より引用転載)

また、「飯山市誌 歴史編」(平成五年刊行)では、山城ある城山の麓の「とん平」「飛沢」などの地名により、この城山は飛ぶ火すなわち古代の烽火台であったとの説があるとしている。また、「市河文書」の建武二年(1335)三月の「市河助房着到状」で、守護方の市河氏らが北条方残党(常岩氏か)を攻め、その城郭を壊した記事が載っているので、北条城はその時の常岩氏の詰めの城ではなかったかと推測している。
はっきりした事はわからないが、在地土豪の要害として築城され、甲越紛争の頃には上杉方の烽火台として利用されたとみるべきであろうか。飯山市誌では古い形式の山城として記述しているが、現地を踏査すれば戦国時代にも使われたと思える改修箇所が見える。

北条城見取図① 001
この縄張図から南北朝時代の古い山城のまま終わっていないことが分かる。

北条城(飯山市) (8)
遊歩道からの鞍部は堀切㋝。ここから西の沢へ少し下りると越後との境となる小沢峠に向かう古道につながるらしい。

【城跡】

城山の山頂に楕円形の主郭を置き、東西に郭を置いた簡単な縄張だが、主郭背後の北西尾根は7本の堀切を重ね厳重に警戒し、南尾根は段郭を重ねて麓からの来襲に備え、南東尾根にも堀切を穿つ用心さである。
単なる烽火砦としてではなく、物見としてもかなり重要視されていたことが分かる。

●北西尾根の7連の堀切

鞍部から北西尾根を辿るとかなり入念に断ち切った堀切群が現れる。斜面に対する竪堀の長さは比較的短いが、鋭角な壁の削り方は戦国期の改修であろう。

北条城(飯山市) (9)
鞍部から北西尾根を登るていぴす殿。スパイクピン付きのゴム長は雨上がりで落ち葉の積もる濡れた斜面で大活躍だ。

北条城(飯山市) (14)
臨場感ある堀切の写真は難しい。

北条城(飯山市) (12)
堀切㋜の堀底(薬研堀)はこんな断面図。

北条城(飯山市) (15)
堀切㋜を越えると三重の堀切㋙㋚㋛が行く手を阻む。落差があり効果的だ。

北条城(飯山市) (16)
元々は㋙と㋛の二重堀切だった中間に土塁を付けた㋚を増設し三重にしたようだ。

北条城(飯山市) (22)
堀切㋙の東側は尾根に対して垂直に近い削り方をしている。遊歩道にも虎ロープが付いている。

北条城(飯山市) (32)
堀切㋗の手前から辿った尾根を振り返るとこんな感じで堀切が連続しているのだ。

さて、ここから城の主要部に入るので通常の堀切に横堀を増設して守りを固めている。横堀は後から加えたものだろう。
残念ながら藪に阻まれて写真映えしない。

北条城(飯山市) (33)
正面から見るとこんな感じ。

北条城(飯山市) (34)
㋗の堀底を覗くとこんな感じ。

北条城(飯山市) (38)
堀切㋗は短めですが斜面に竪堀として下ります。

北条城(飯山市) (43)
椿の藪に覆われている横堀㋖。ちゃんとお見せ出来ないのが残念。

●主要部

主郭以外は残念ながら藪に覆われてしまい詳細が確認出来ない。
しかし、「負けるもんか!」と枯れ草とススキの大群に覆われた郭2に強引に突入。こんな場所でアホウな事をしている我らは「比類なき大ばか者であろう・・・」(笑)

北条城(飯山市) (44)
郭3。主郭へは南斜面の帯郭を通り郭2を経由して入ったと思われる。

北条城(飯山市) (48)
郭3の東側を囲むような横堀の堀切㋕は南斜面で竪堀となる。

北条城(飯山市) (50)
主郭。中央の石柱は近世のもので、横の平石が「八幡石」であろうか。古墳の石室の一部のようにも思える。

ここからのロケーションは素晴らしいはずなのだが、当時は雲海に阻まれて幻想的な風景を見せていただいた。

IMG_4003.jpg
城の位置は適当です(笑) 五束城の位置は合ってます。

IMG_4004.jpg
河東の木島平の城はこんな位置でしょうか。

北条城(飯山市) (65)
背後の山を越えれば越後ですw

さて、郭2に突入しましょうか(笑)

IMG_4007.jpg
何が潜むのかも分からない郭2。ここに飛び込む勇気とは?

宮坂武男氏は、堀切㋓を横堀としているが「ひょっとしたら切岸か?」とコメントを加えている。現地踏査では郭の両サイドは堀形が確認出来るが、主郭(郭1)との間は切岸のみであった。また、郭2の北側は岩盤を削った㋒はあったものの、人工的な造作なのかは断定出来なかった。

北条城(飯山市) (69)
郭1と郭2の間は切岸のみである。

北条城(飯山市) (73)
ススキをなぎ倒して探索した堀切㋒。岩盤が露出する堀切で人工的なものかは迷うところである。

北条城(飯山市) (78)
堀切㋓は南北両袖の堀切で、連結部は切岸だった事が判明した。

北条城(飯山市) (84)
郭2から南側へ移動する途中に堀切㋔。堀切㋓との間に畝状竪堀跡があるというが、確認出来なかった。

北条城(飯山市) (82)
郭2から郭3へ続く帯郭。藪に覆われたこんな場所を探索するのは我々ぐらいなものであろうか(汗)


北条城(飯山市) (58)
主郭の南側には石積みが見られるが、往時のものとは判断し難い。

今回は残念ながら南尾根と南東尾根の踏査はパスした。南東尾根は外観からも段郭と堀切は目視で確認出来た。次回訪れることがあれば是非チャレンジしたいものである。

北条城(飯山市) (91)
南方面から見た北条城。

≪田草城≫ (たぐさじょう)

標高:750.6m 比高:350m(北条集落より)
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:飯山市豊田北条
攻城日:2015年11月15日 
お勧め度:★★★☆☆  
城跡までの所要時間:5分 駐車場:林道脇に路駐
見どころ:連続堀切、横堀、景色など
注意事項:スキー場のオープン中は避けよう。
参考文献:「信濃の山城と館⑧水内・高井・補遺編」(宮坂武男著 2014年 戎光祥出版)、「飯山市誌 歴史編」(平成5年)
付近の城址:五束城、小境城、上境城など
Special Thanks:ていぴす様

北条城(飯山市) (53)
こんな幻想的な風景はなかなか拝めません(笑)













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Posted on 2016/01/15 Fri. 07:23 [edit]

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« グンマー侵攻作戦でカモシカとのゲリラ戦  |  鳥屋城(上田市武石鳥屋)の史跡整備の近況について »

コメント

たしかに幻想的な風景ですね。しかし、一人ではあのシチュエーションは怖いのではないでしょうか。私、快晴でした。
郭2、私も踏み込もうと近づきましたが、あまりの現況にたじろぎました。人の通過したような跡がありましたが、まさか此処に入るキチガイ(失礼)はいないだろうと、動物の通った跡と判断し、突入は止めました。あれ、らんさんとていさんの跡だったんですね…。恐れ入りました。
しかし、私が実見するよりも、らんまるブログで見たほうが鮮明のようです。貴重な記事、ありがとうございました。目下、越後は雪の毎日で冬景色です。

えいき #- | URL | 2016/01/15 23:12 * edit *

こんばんは。
勝頼殿、感激してしまいました。
まさか、あれほど真正面から取り上げてくれようとは!
画期的でしたね。
ああ、新府城と景徳院に行きたくなりました。

万見仙千代 #YR4Ixzf2 | URL | 2016/01/15 23:40 * edit *

Re: えいき様へ

「態度L」のらんまるブログの管理人でございますw お褒め戴き光栄でございますw

「飯山市誌」に中世の古道の推定地図が掲載されおりまして山城の分布図と照らし合わせてみました。今回の記事では掲載出来なかったのですが、飯山地方と越後との国境に繋がる全ての古道を抑える要衝に山城が築かれておりその南の最前線が飯山城だったというのを今更ながら知りました。
飯山城を死守せよとの謙信の厳命は全く持ってその通りで、暇さえあれば所領に帰り個々の小さな要害の改修に拘る土豪を叱り飛ばしたのは頷ける話です。

それにしても宮坂武男先生はたった一人で巻き尺片手に恐ろしい藪の中に突入すること数え切れずでしょうか。
この方がいらっしゃらなければ、城の場所が特定できず城跡にたどり着く事すら困難を極めたと思う城は1000を超えるはずです。
有難い事です。なので敬意を表して今日も藪漕ぎです・・(笑)

らんまる #- | URL | 2016/01/16 08:09 * edit *

Re: 万見仙千代様へ

放送終了後、新府城をキーワードとしたグーグル検索が凄い事になっていたようですよ。

平岳大勝頼が土壇場で裏切った小山田温水信茂に対して怒らなかったのは、先の長篠合戦で武田軍最大の兵数三千を投入しそのほとんどが戦死するという彼の武田に対する忠義と犠牲を知っていたからでしょう。それに比べて穴山榎木梅雪は御一門でありながら、長篠合戦では戦場に兵を送らず真っ先に退却しています。勝頼が滅んだ後は武田宗家を名乗るつもりだったとも言われています。まあ、そんな人だったので勝手に横死しちゃったんでしょうネ。

時代考証を担当されている平山先生が「第二回目は涙無くして見られない」とおっしゃっておりましたので期待大ですよ!

らんまる #- | URL | 2016/01/16 08:25 * edit *

今度どこいきますか。

お疲れさまです。
北条城の遺構は、戦国末期の緊張が伝わる素晴らしいものでしたね。
あの藪を除けば。。(´-ω-`)
今日は静間館、替佐城、壁田城に写真撮り直しに行って来ました、、、
北信濃の城にはまりつつある今日この頃です。
このまま雪が降らなければいいのに・

ていぴす #- | URL | 2016/01/16 19:15 * edit *

Re: ていぴす様へ

奇遇でございますなあー(笑)
小生も先週は残雪残る替佐城、先々週は壁田城で遊んでおりました。北信濃に魅せられた患者の症状は似ているのでしょうか?

残念ながら暖冬もお終いのようで、来週からはしっかり毎日「雪だるまマーク」が中部地方までついております・・(汗)
2月は今が旬の甲斐あたりでしょうか。もちろん昨年のリベンジしないといけませんが日帰りは大変なのでチョッと考えますw
北信濃は雪解けの3月下旬から4月上旬で。

らんまる #- | URL | 2016/01/16 19:54 * edit *

神に至る道

かえすがえすのコメお許しください。
娘や空手のお弟子さん達若者に、態度Lと言っても通じないんです。正しい意味と運用を知らないままに、土橋Dとか虎口Bとか書いていて態度Lがこだましていました。
北条城、南東尾根といわず、ぜひ南尾根を調査願いたいです。

えいき #- | URL | 2016/01/16 23:13 * edit *

武田勝頼、素晴らしかったです!
余韻に浸りました。
あの勝頼なら諱呼びではなく「御屋形さま」と呼ばれるのが似つかわしい。
想像以上に良かったので、今後の真田丸が楽しみです^^

城・・・絵図面の雰囲気だと山頂部を削って築城したんでしょうか。
枯葉だらけで、足元が滑りそうですね。

雲海~~絶景!
これだけ綺麗な雲海はテレビでしか見たことないです。

拍手☆

時乃栞 #- | URL | 2016/01/17 06:09 * edit *

Re: えいき様へ

小生も初心を忘れつつあるので良い言葉を頂いたと思っています(笑)
それにしても死語になっているとは知りませんでした。迂闊に若い人の前では喋れませんね・・(汗)
あまり気にしておりませんので大丈夫ですよ。

奥三河シリーズ、読ませていただきました。あの辺は全くの素人でして、数年前に有名な古宮城を見ずに違う城を見て帰るというもったいないお化けが出そうな凡ミスをしてしまいました(笑)
あまりにも遠いので、今年中に何とか行ってみたいと思っておりますが・・・。

らんまる #- | URL | 2016/01/17 07:16 * edit *

Re: 時乃★栞様へ

17歳を演じる為とはいえ、堺雅人の顔芸は何とかしてもらいたい・・・(笑)
平岳大さんは、これからも引っ張りだこの役者さんになりそうですね。さすが役者一家のサラブレッドでございますw

長野県は放射冷却の急激な気温差によって雲海の出来る確率はかなり高いので、そんなに珍しい景色でもないのですが都会方面からお見えになったお客様は結構感動されますネ。
是非お越しくだされ。

らんまる #- | URL | 2016/01/17 07:24 * edit *

勝頼さん

勝頼さんのことを知ると
死地ときまっていた硫黄島にいった
栗林さんとダブって見えました。

武田の軍旗は軒並み使用禁止
立場は陣代ですし。

もし、武田信繁さんが生きていたら
可能性は限りなく低いですが
武田・上杉・北条連合で
信長さんが倒れるまでとたえられたかもしれませんね。

丸馬出 #- | URL | 2016/01/17 09:22 * edit *

我が道を

こんばんは、らんまるせんせ。さすがです。我が道を行くせんせに、拍手。
真田親子のいた所も、あちこちに出てくるお城も、らんまるせんせの記事で拝見したとこで。改めてありがたい記事を拝見してるのだわと思いました。
東の情勢はさっぱりなので、毎回楽しみです。ええ、伏線だってわかりゃしません。ううう。

つねまる #pjmS0te2 | URL | 2016/01/17 20:58 * edit *

Re: 丸馬出様へ

御館の乱で、上杉と北条の和議を画策して失敗しちゃいましたが、あれが成立していたら結構面白い展開になったかもしれません。

まあ、いつの時代も歴史に「IF」などはありませんので史実から推測するしかありませんネ。
それにしても勝頼さん、謙信公よりも律義な人生だったと思います。
そしてまさしく景勝よりも「ツイていなかった人生」だったのかもしれませんネ。

らんまる #- | URL | 2016/01/17 21:56 * edit *

Re: つねまる様へ

昨日はグンマーに遠征し疲れ果ててしまい、さてお返事をと思いつつ気が付いたら爆睡・朝起きて真っ白(笑)

岩櫃城周辺も気合入ってますねえ。拙者は岩櫃城を囲む支城に登ってカモシカと攻防戦。三か所回って二か所で遭遇。よほど好かれているようで、そのうち和睦し同盟したいと思うておりまするw

真田関連の山城も初期の恥ずかしい頃の記事なので何とかせにゃいかんのですが、もう手遅れ・・・(汗)
参考にならない記事どもでございますのでご笑納ください。

らんまる #- | URL | 2016/01/18 13:19 * edit *

雲の上

三途の川の向こう岸は雲の上のお花畑の世界なのでしょうか。
ここはその手前の場所でしょうか。
スキー場の中にある面白い城ということで印象に残ってますが、堀切をこれだけバンバンいれるのは単なる物見やノロシ台の役目だけとは思えません。気合いを感じます。
もう今はここは雪の世界なんでしょうね。
雪道注意しましょうね。
俺、冬タイヤはいたJニーで雪道を甘くみて、いや過信して怖い目にあったことあります。

あおれんじゃあ #- | URL | 2016/01/19 21:57 * edit *

Re: あおれんじゃあ様へ

師匠、ご安心ください「小生は、蚤の心臓ですよ!!」(笑)

一応ジムニストになりましたが、4WDに過信することはありません。普段は倅の通勤車両ということでシェアしてますので、猪武者の如く突進することはありません・・(汗)

それと、信濃の山城は高級な登山靴よりも林業用のスパイクピン付き長靴が重宝します。雨や雪の日はもちろんですが、落ち葉の多い滑りやすい山城のおける効果は絶大です。それに蛇や害虫から足元を守れるので安心です。
耐久性は諦めるにしても、一足2,000円なら安いものです。日常生活の降雪時にも使えるんで家人に文句も言われないのが素敵ですw

らんまる #- | URL | 2016/01/19 22:37 * edit *

林業用のスパイクピン付き長靴は、どこで購入できるのでしょうか。信濃の国のホームセンターなら、日常的に販売しているのでしょうか。
二月に信濃の国を南北に縦断し、遠江にでる予定です。高速道路、凍結はしないですか。

えいき #- | URL | 2016/01/20 08:29 * edit *

Re: えいき様へ

スパイクピン付きのゴム長はホームセンターで季節関係なく売っていますよ。2,000円~3,000円なのでお手頃です。
ただ、防寒機能は無いので冬場は厚手の靴下等の対策を講じないと雪山では凍傷になるのでご注意ください。

この時期で凍結の問題となる高速道路は長野自動車道の更埴IC~安曇野ICでしょうか。降雪時は間違いなくカーブで「壁ドン」の洗礼(笑)。幾多の犠牲者を見てきました・・・(汗)
伊那、飯田あたりの山城なら辛うじて見れるかと思いますが、今年の雪は「カミ雪」なので厳しいかもしれません。
信濃の城はやはり3月中旬あたりまで店じまいでしょうね。

らんまる #- | URL | 2016/01/20 20:26 * edit *
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