らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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グンマー侵攻作戦でカモシカとのゲリラ戦  

◆大雪警報前の上野国遠征◆

信濃国上田も17日の夜半からカミ雪に見舞われ一面の銀世界となり申した。

恐らく2月末までは南信濃の一部を除いて、信濃の山城は冬季休業に入る。

今シーズン、暖冬だったおかげで例年よりは遅くまで城跡を堪能したし、致し方あるまい・・・・(笑)

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村上連珠砦では和合城と共に大きな縄張の飯綱城(上田市秋和)。※2016年1月19日に上田大橋方面より撮影。

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真田丸の第三話でロケ地として登場する真田本城(上田市真田町本原)。※2016年1月19日に信綱寺方面より撮影。


【雪の降る前のグンマーへの侵攻作戦】

1月17日(日)かねてよりの計画通り、氷点下8℃の鳥居峠(通称:信州街道)を越えて群馬県の東吾妻町へ進軍。
真田丸でもお馴染みとなった真田昌幸の上野国の拠点である岩櫃城の支城三ヶ所の調査が目的だった・・・。

●岩下城(東吾妻町)

岩櫃城の西の防衛拠点を抑える要衝の地にある山城で、嘗ての主君で吾妻群を支配していた岩櫃城の大野氏を滅ぼす前の斎藤氏の居城。斎藤氏が岩櫃城へ移った後は、その家臣富沢但馬守が入城しこれを守る。隣接する領土の境界を巡り斎藤氏が鎌原氏と争うに及び、武田氏が調停に入り鎌原氏の主筋にあたる真田幸隆(幸綱)を介入させる。斎藤氏は真田氏と対立し岩櫃城を攻められて落城し、上杉謙信を頼り越後に逃れる。岩下城主の富沢但馬守は真田氏に降りのちに昌幸に仕えたという。

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城域を分割する中央の巨大な堀切。上巾25m、堀底から主郭までは落差15m以上の垂直に近い壁で加工されている。

岩下城 (49)
堀底から東側の郭6と7を仰ぐ。まさに「壁(へき)」と呼ぶにふさわしい切岸加工である。

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主郭より一段下がった西側の郭2にある秋葉社。

岩櫃城が斎藤氏・真田氏により改修されると共に、西の砦である岩下城も拡張改修が行われたようである。
大堀切の威圧感は凄まじいものがある。


●三島根小屋城(東吾妻町)

吾妻川の右岸に位置し岩下城とは対の関係となる。大戸浦野氏の配下の江見氏の居城だったと伝わる。城域は「鉄塚」と呼ばれる麓の根小屋らしき台地部分と斥候山(せっこうやま)と呼ばれる城山の砦部分で構成されている。オーソドックスな縄張で加工度は低いが戦国期の緊張感を感じる事の出来る山城であった。

三島根小屋城 (10)
鉄塚と呼ばれる麓の台地。見事な竹林に覆われている。

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斥候山(城山)に登る途中の尾根でカモシカのカップルに遭遇し「通せんぼ」状態。完全に「お怒りモード」でした・・(汗)

ここね、深く考えもせず登り始めてしまい、後で気が付いたら比高235m。逢引きを邪魔したらしく、カモシカに威嚇されてルートを迂回してやっとこさ城山の主郭へ。背後を五重の堀切で遮断する厳しい防御に圧倒された。

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主郭の眺望は良いが狭い。天水溜めもある。

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岩櫃城の真田氏時代にも西側を守る砦として重要視されたであろう。(写真中央が岩櫃山)

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主郭背後の尾根は結構な高低差があり、ここに五本の堀切を穿つ厳重さである。


●柳沢城(岩鼓の要害 東吾妻町)

何かと話題の「真田丸」に登場する真田昌幸の上野国の居城である岩櫃城の北東にある。番匠坂と呼ばれる岩櫃城の大手口の途中の不動沢を東に折れた観音山の東山(通称:岩鼓)が城域となる。小生もこの出城については噂に聞いていたものの、今回が初訪問であり、その規模と縄張には正直なところ驚いた。

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観音山の登り口に駐車したら案内図の「東山」に向かう。約10~15分の岩登りで城域となる。

柳沢城(東吾妻町) (11)
主郭の石造物。物見櫓が置かれていたと思われる。

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素晴らしいロケーションである。

柳沢城(東吾妻町) (23)
郭2と郭3の間の堀切(上巾15m)。

柳沢城(東吾妻町) (38)
郭3と郭4の間の堀切(上巾14m)

柳沢城(東吾妻町) (46)
西端の最終郭5。

ここは時間切れが迫り、駆け足で一周した程度に留まり、竪堀の先端など調査できずに終わったのでまたトライしたいと思う。

例の如く、いつ記事になるかわからない・・・・(笑)

グンマーの城も恐るべし・・・そんな事を思いながら「また攻め込むぞ!」と誓いを新たにしたのでありました・・・(爆)



















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Posted on 2016/01/21 Thu. 06:42 [edit]

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コメント

上州攻めお疲れ様です。

らんまる様 お邪魔いたします。
 私も柳沢城に10年ほど前に登ったことがあります。
 その際は、藪が多く、遺構を良くは確認できなかった思い出があります。
 写真を拝見すると、大分、刈りはらわれたようですね。
 10年ぶりに登ってみようかなとの思いが湧いてまいりました。
 貴重な情報をいただき、ありがとうございます。

武蔵の五遁 #JUGsyThY | URL | 2016/01/24 08:05 * edit *

Re: 武蔵の五遁様へ

カモシカ殿夫妻とバトルしていたら時間切れになりそうだったので慌てて回りました(笑)

斎藤氏の居城時代は岩櫃本城の対の城として息子が守っていたと伝わります。
実はあまり期待していなかったのですが、結構なお宝だったんでビックリ。竪堀も長大で一部は斜面で十字堀切になっているようですが、信濃帰還の時刻が迫り細部は確認出来ていません・・(汗)
恐らく岩櫃城代として昌幸が大改修している可能性はありますね。是非ともご堪能ください。

らんまる #- | URL | 2016/01/24 08:47 * edit *

吾妻の城、いいねえ。

吾妻川沿いは帰省の時に時々寄り道をしますが、上物の物件が多いですねえ。
しかし、結構な山にあるものが多く、1城当たりにかかる時間が多く、数がこなせないのが悩みです。
何せ、こっちから行くのにかなりの時間がかかり、戻る時もしかり。
丸岩城など登り始めたら吹雪になり撤退を余儀なくされた苦い思い出が・・。
かもしか殿もでかくてびっくりしますね。やつらは好奇心旺盛でなかなか人間を見てもにげないし。
まあ、熊さんよりはまだいいか。
やはり、あの辺に泊まって・・・なんてのが理想的ですな。
泊まるなら草津温泉がいいなあ。
そういえば、稲荷城、鎌原城、大前城など行ったきりアップしてねえなあ・・記憶が薄れていくなあ。

あおれんじゃあ #- | URL | 2016/01/24 12:12 * edit *

Re: あおれんじゃあ様へ

吾妻川流域の城、いいですよね。まあ、場所によっては冬でも大藪で難儀するのもちらほら。
上田からは鳥居峠を越えれば良いので近いのですが、冬は積雪と凍結で命がけになります・・(汗)
真田さん、冬はどうやって領国経営していたんでしょう?まあ、群馬へ入れば雪など無いので岩櫃と沼田を抑えていれば上田や真田が上野国から攻め込まれる恐れは無かったんでしょうね。

岩櫃城も隅から隅まで真面目に見たいと思っておりますが、真田丸ブームで観光客が結構来てますね。周りの砦は静かなもんですが・・・(笑)驚いたのは長野原城とか鎌原城にも真田丸の幟旗が立ってたことかしら。真田丸が終わったらキチンと片づけないと朽ち果てたゴミとなって景観が損なわれます。風林火山とか天地人の時も酷かったなあー。

グンマーの城、遠征の際はお声かけくだされまし。

らんまる #- | URL | 2016/01/24 14:23 * edit *

そちらも雪が凄かったんですね。
こちらも除雪で身体がガクガクになりました^^;
フェリー止まって荷物は遅れるし、札幌からの陸送ルートがあるから「陸の孤島」にはならないのが救いです^^

写真のカモシカさん、気のせいか目が三角に釣り上がってるような^^;
お怪我がなくて何よりでした。

そういえば、前回の放送で真田一族が移動するときに「軽井沢で一泊」って台詞があったけど、一泊も寄る必要がない気がするんですけど、地理オンチなので自信ない^^;

堀切、はっきりしてて凄さがわかります。拍手☆

時乃★栞 #- | URL | 2016/01/24 15:48 * edit *

かもっしー

こんにちは、らんまるせんせ。お寒うございます。
恋路を邪魔してもカモシカに蹴られらくてなにより。
堀切と切岸、大きすぎて地山なのかと思うぐらいです。すごいなぁ。
こんな所を往来していたなら、九度山なんて丘でしょうね。
今夜、真田本城が出るんですか。楽しみです。あの3Dマップに助けられてます。

つねまる #pjmS0te2 | URL | 2016/01/24 16:00 * edit *

Re: 時乃★栞様へ

暖冬だ!なんて喜んでいるとしっぺ返しを喰らうんですね・・(汗)
北海道は例年通りの冬のようですが、それでもニュースを見ていると強烈な寒波に見舞われているようですね。
くれぐれもお気をつけてお過ごしください。

ここのカモシカさん、結構強気でした。大抵は人間が近づこうとすると退却するのですが、小生が近づくと鼻息が荒くなり「戦闘モード」でしたよ、ヤバいヤバい・・(汗)人(カモシカ)の恋路を邪魔する奴は馬ならぬカモシカに蹴られて死んでしまえ、と昔から言われてますもの(笑)

そうですね、軽井沢から健康な人が休みなく歩いても岩櫃城のある郷原までは約10時間ぐらいでしょうか。高低差(比高)は浅間山の東を越えるので1000mはあるでしょうか。女子供同伴、篭もあり、道は普請されてないことを考えると軽井沢を早朝に出ても夕方にたどり着けるかどうか。まあ、信幸さんとすれば妥当な判断でしょう。

らんまる #- | URL | 2016/01/24 17:04 * edit *

Re: つねまる様へ

グンマーの山城もカモシカが多いのには驚きました。音もたてずに佇んでいるので「出逢いは突然すぎて」びっくりします(笑)
体格はそれほどでもないのですが、二匹vs一匹ではチョッと勝てません・・(汗)ってか勝てる気がしない・・。

そうそう、あのマップ見ると「信長の野望」をチャレンジしたくなります。その昔、真田家でスタートしましたが、あまりにも弱すぎて(ヘタクソすぎて?)天下統一まで長過ぎました。途中で寿命が来てしまいました・・(笑)
地図があると分かりやすくていいですよね。あの地図の政策に一か月もかかるとは驚きでしたが。

らんまる #- | URL | 2016/01/24 17:12 * edit *
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