らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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十原館 (飯田市南信濃和田十原)  

◆地図を読み違えて辿り着いた長山城の対岸の居館◆

真田丸第五話「窮地」、ご覧になりましたか?

内野聖陽家康とゆかいな仲間たち(特に浜谷半蔵はツボ)の「笑っちゃいけない伊賀越え」は大爆笑でした・・(笑)

家康の伊賀越えは家来200名が落命した壮絶なサバイバル戦だったのは事実で、服部半蔵も実はヤバかったらしい。

そうそう、信州上田のロケ地を掲載しておきますネ。以下の写真で思い出せる方は「真田丸検定第三級」かしら・・・(笑)

IMG_4718.jpg
場所は真田氏本城(上田市真田町本原 2/6撮影)

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ヒントはこの白樺の丸太椅子。

さて、真田丸は次回のお楽しみとして、今回ご案内するのは南信濃シリーズの「十原館」(とっぱらやかた)。

下伊那城館ツアーの初日の11月22日、我々は下伊那郡阿南町の権現城を15:30に離脱し、次の目的地である旧南信濃和田村(現在は飯田市)に向かった。距離は約33kmで移動時間は約50分。和田では当初三ヶ所の探訪を予定していたが、秋の日没は早いので遠山氏が和田城に移る前の本拠地だった長山城を目指した。

十原城 (2)
和見の旧小学校跡地から見た長山城。尾根伝いに容易に登城出来ると信じたおバカ三人組であった。

「なんだ、楽勝じゃん!」

とはいえ、山間地なので道幅も狭い為、乗用車を和見集落の旧小学校跡に捨て徒歩で城跡に向かった。遠山川が大きく蛇行する車道を歩き長山城を目指した。

歩く事15分で「十原」(とっぱら)という集落に辿り着いたが長山城のかけらも見いだせずにいた。

十原城 (3)
「十原城跡ののろし台」と書かれた立て看板。さて、長山城の別名なのか?

散歩していた近所の方に城跡の場所を尋ねると、「あの鳥居の見える神社だよ」と教えてもらい、一安心。だが、持参した縄張図とは明らかに違うし、長山城に神社など無い。

「とりあえず行ってみましょうか・・・・」

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そう、ここは十原城跡であって我々の目指した長山城ではないことが判明した。

「おのれ遠山土佐守、我らを謀ったかー!!」

いえ、違います。道を間違えてわざわざ長山城の対岸の居館跡に偶然に辿り着けただけです・・・・・・(汗)

説明板を読み我々は全てを察したのであった・・・・(笑)

IMG_4115.jpg
城神社の社殿のあたりが一段高くなっている。


十原城 (7)
社殿のある場所はかつて物見小屋か櫓台があり、歩哨が置かれたのであろう。


【立地】

遠山川を挟んで対岸に長山城があり、遠山川が大きく蛇行するところへ突出した台地上に十原館がある。十原集落が緩斜面に展開し、館のある所は岬状に張り出した付け根にあり、北西に続く尾根先の両側は絶壁に近い急斜面で、ここに遠山川畦の畑に下る道がある。まさに人を寄せ付けない要害の地形に立地している。

十原館見取図①

【館主・館歴】

遠山土佐守景直の弟の景忠の拠ったところという。遠山川左岸の大町城・大町・和見・十原・尾之島・和田城と続く道の抑えとしても大事な位置といえる。対岸の長山城とともに、遠山谷西口の防衛拠点で、地元の人は城山と呼んでいる。

十原城 (12)
神社の社から落差のある尾根は深く抉られた土橋が続く。

【城跡】

何の前知識もなく訪問したので、神社のある辺りを中心とした単郭の砦程度の認識しか持てなかった。後で確認すると、村道「尾之島大町線」から入った50mあたりに堀形があり城域の境界線になっていたらしい。そこから神社の鳥居のある辺りまでの直線距離約60mの休耕地が居館跡だという。説明版によれば裏山に武田氏時代の狼煙台があるというが今回確認は出来なかった。
和田城に移る前の遠山氏の本拠地の防衛では重要視されたのであろう。

十原城 (14)
遠山川に突き出る先端には堡塁を連続させている。(ピンボケご容赦)

十原城 (15)
台地の最先端。ここから先は斜面が急落し遠山川の河原に続く。

十原城 (21)
残念ながら、居館跡の痕跡の写真はこの一枚しか撮られていなかった・・(汗)

その後、我々は長山城に向かうのだが、日没が迫り万事休す。「秋の日は、つるべ落とし」・・・この事であった。

遠山氏の物語はいずれまたの機会でお話しさせていただきたいと思う。



≪十原館≫ (とっぱらやかた、城山)

標高:442m 比高:85m
築城年代:不明
築城・居住者:遠山氏
場所:飯田市南信濃村十原
攻城日:2015年11月22日 
お勧め度:★★☆☆☆
城跡までの所要時間:15分(軽自動車なら十原集落まで入れる) 駐車場:特になし、適当に路駐 
見どころ:土橋など
注意事項:特になし
参考文献:「信濃の山城と館⑥諏訪・下伊那編 宮坂武男著」
付近の城址:長山城、和田城、大町城、八重河内城など
Special Thanks to ていぴす殿、u-naomochi殿






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Posted on 2016/02/09 Tue. 21:52 [edit]

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コメント

城跡神社

こんばんは、らんまるせんせ。
あ、この白樺の椅子はー!現地で撮影してたんですね。後でまた見てみます。
前記事でも思ったのですが、山城跡と神社というのは妙にしっくりくるものですね。まるで境内にするために作ったかのよう。
毎回コメントに詳しい説明をいただいているのにお礼もせず申し訳ございません。ほんとにありがとうございます。

つねまる #pjmS0te2 | URL | 2016/02/12 18:54 * edit *

Re: つねまる様へ

こんな「真田丸ミーハー」のような自分で良いのか日々疑問を持っておりますが、地元のロケ地ぐらいは紹介しても罰が当たらないかと思うております・・(笑)

地場の国衆の悲哀は草刈昌幸が申した通りで、それは南信濃の下条、遠山、松岡、知久も例外では無かったと思います。ドラマで内野家康のタヌキぶりがどこまで描かれるか?と同時にそれを上回る智謀で凌駕し内野家康、高島氏康を馬鹿にした昌幸の活躍が今から楽しみです。
解説は「ジジイのおせっかい!」と軽く受け流して頂ければ幸いですw

らんまる #- | URL | 2016/02/12 21:03 * edit *
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