らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

1106

小松尾城(長野市)  

◆東筑摩の要衝を押さえる烽火台◆

こんばんは。
こんな晴天の日こそ、山城攻城に絶好なのですが、何故かそういう日はお仕事をしております(笑)

大岡城の次は小松尾城。

komatuo08.jpg

以下は長野郷土史研究会会員である岡澤由往先生の解説

小松尾城は南北朝時代からあった古城で、中牧、弘前を本領とした地侍の中牧氏が在城した。川中島合戦当時、小松尾城は、大岡城と牧之島城を中継するノロシ台として重要視された。立地も大岡城と牧之島城を結ぶ線上にある。交通上も聖山の南西麓の筑摩郡麻績・日向から、大岡の市後沢、樺内、小松尾を経て川口、牧之島に通じる道路沿いに位置している要衝の地でもある。

komatuo11.jpg
大にわと呼ばれる三の郭?から本郭の鳥居を臨む

 この道は江戸時代にも重視され、松本藩の口留番所が桑関に、松代藩の口留番所が市後沢に設けられ、諸荷物の移出入を厳しく取り締まった。周囲には「うわほり」「したほり」「馬ならし」「西小屋」の城郭に関係する地名が伝えられている。 戦国期に中牧伊勢守、中牧越中守の名がみえる。永禄2年(1559)9月、伊勢守は武田信玄から中山の屋地に5貫文、芦沼に10貫文を与えられている。また信玄は、永禄9年(1566)9月に、中牧越中守に中牧のうち、上石津の荒れ地8貫文を与えている

komatuo13.jpg
縄張りからするとここが本郭であり、頂上は烽火台と考えたほうが良さそうです。

komatuo14.jpg
↑天水溜か池なのか・・・んーん飲む気にはなれない(笑)

シンプルな構造すぎて、広さから云えば兵站地に向いているが、籠城出来る場所ではないと思われます。

最上部の郭からの見晴らしの良さは、岡澤先生のおっしゃる通りノロシ台としての機能重視の砦なのでしょう。

komatuo16.jpg
烽火台跡に建つ社。

komatuo19.jpg
砦山城方面。小雨では光学7倍もあまり役にたたない。

komatuo17.jpg
和田城方面。天気が良ければ北アルプスの絶景が見えるのに・・(悔)

恐らく城館は現在民家の建つ城跡入口にあったと思われます。

komatuo23.jpg
↑天神さまと呼ばれる二の郭(?)。東側は崖になっていて唯一防禦が可能。

≪小松尾城≫

場所:長野市大岡北小松尾 
行き方:国道19号線川口交差点を聖高原方面へ向かい、市営バス小松尾バス停前
標高758m 比高58m
攻城日:2010年10月31日
時間:バス停前の農作業集会所に車を止めて徒歩5分
お勧め度:★★☆☆☆
見どころ:烽火台跡からの景色、中世初期の築城様式?

komatuo25.jpg
小松尾城全景。左の小高い場所が烽火台。

スポンサーサイト

Posted on 2010/11/06 Sat. 20:53 [edit]

CM: 0
TB: 0

« 割ヶ岳城(信濃町)  |  砦山城(長野市) »

コメント
コメントの投稿
Secret

トラックバック
トラックバックURL
→http://ranmaru99.blog83.fc2.com/tb.php/79-db24c4ba
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

城主からのご挨拶

地域別攻城戦記

諸国在住の皆さまのありがたき進言

もののふ入城者数

在城中の「もののふ」

攻城戦記年表

▲Page top