らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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大倉崎館 (飯山市常盤上野)  

◆千曲川にのぞむ謎多き中世の居館跡◆

わざわざ中世の遺跡のど真ん中にバイパスを開通させる必要があったのだろうか?
南北どちらかに100mずらせば救えたはずなのに・・・・お役所仕事とはそういうものであると再認識せざるをえない。
最初に工事計画ありきで理由は「早期着工は住民の強い要望」。お役所のいつもの言いがかりで消えた埋蔵文化財は星の数。

DSCF7887.jpg
大倉崎館を真っ二つに分断して開通した国道117号線と常盤大橋。このバイパス工事で六ケ所の古代・中世の遺跡が消滅した。

さて、今回ご案内するのは南北に分断されてしまった大倉崎館。
「また中世の城館かい!」(笑)・・・と叱られそうだが、真面目に発掘調査報告書を読むと結構凄い居館だったのだ。

「定本 北信濃の城」(1996年 郷土出版社)を初めて読んだ時に、1枚の居館跡の発掘現場の写真が脳裏に焼き付いたのである。
それが大倉崎館であったのだが、例の如く「平地の居館ならいつでも行けるからいいや・・」で見過ごしていたのである・・(笑)

定本 北信濃の城 (14)
※「定本 北信濃の城 大倉崎館 」P35の掲載写真を引用しています。

一瞬だけこの写真を見ればどこかの工事現場のように見えるのだが、大倉崎館の発掘作業で現れた往時の巨大な外堀である。 上巾は10mで箱堀の堀底は2.5m。北側の土塁の上部までの高さは5m、おばちゃんの歩いている西側の縁までは2.5m。平地の居館でこれほどの鋭い空堀はあまり例がない。

大倉崎館発掘調査報告書写真①
外堀の堀底から、おっちゃんが居館のある内郭に登ろうとしても絶望を感じる土塁側の壁。防御レベルはかなり高い。


【立地】

千曲川左岸の上野の城崖(じょがけ)と呼ばれる所で、国道117号線の常盤大橋のたもとにある。居館跡は上野集落に位置するのに、史跡名に南隣の大倉崎の集落名がついた事は上野集落の人々は許せなかったらしい。

もっとも地名の古さでは「大倉崎」が先で、上野の地名は江戸時代に開墾された「上野新田」がルーツと云われてきたが、室町年間の市河文書に「上野」の地名があった事が確認されているので地元では「上野城館」として宣伝しているがイマイチ効果は無い。
相変わらず通説の名前の「大倉崎館」がしっくり定着しているらしい・・・・(笑)

大倉崎館見取図①
バイパス工事は遺跡のど真ん中を通す方法しか無かったというが、それが嘘八百であることは周知の事実である。

【城主・城歴】

「長野県町村誌」では「村の寅の方字北村と称する所に在り。東西十間余、南北四十五間、東辺は千曲川に面し南西北三方に空堀を回し、南高く、北低くして長し。濠の西辺に橋詰の塁を存す。其城主年代不詳。世俗の説に外様十人衆の頃、武田方に属して
追払われしと云い伝う。然れば甲陽軍鑑に尾崎館名所切るとあり。是等の人々の居住せし地なるか、是非をしらず」とある。

「村史 ときわ」などには、戦国時代末期の竹内源内の居城との伝承があるとされるが、発掘調査の結果では戦国時代初頭には既に戦禍による火災で廃館になっていたらしい。

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バイパス北側に現存する外堀跡。発掘調査報告書によれば、廃館の際に堀も2m近く土砂で埋められた痕跡があるという。

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L字に屈折する外堀。現在残る遺構の地表観察では薬研堀だが、発掘調査では埋土を取り除くと箱堀だったという。


【館跡】

発掘調査報告書によれば、館跡は14世紀から15世紀にかけて使われた回字形の中世城館跡だという。東側は千曲川の浸食により削られているので、往時の大きさは千曲川の浸食速度がどの程度のものだったのか考慮しないとハッキリした事は言えないらしい。
バイパス工事に伴い緊急に発掘調査された内郭には中央に内堀が一条あり、その北側に建物址を示す柱状の穴が確認されている。また内郭からは中国製の陶磁器、国産の香炉、花瓶、備前焼、珠洲焼の大甕、茶臼、中国銭、硯などが発見され、更には短刀、鎧の小札なども見つかっていることから、高度な文化要素を持ったかなり勢力を持った武人の館であった事が想定されるという。

大倉館測量図①
飯山市教育委員会「小沼・湯滝バイパス調査報告書Ⅰ」のP170の測量図より引用し加筆。

これだけの遺構を持つ中世城館の中心部分が、県と国のごり押しで呆気なく消え去ったのは返す返す残念でならない。

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公園化された内郭の北側の東屋。朽ち果てて危険な状態なので早急に補修が望まれる。

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千曲川の浸食によって内郭がどのくらい消失したのか気になるところではある。

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北側のコの字の外堀と千曲川との連結部分。

個人的な意見で恐縮なのだが、現地を踏査し上記の写真を見ても分かる通り外堀はここから千曲川を意識している。
つまり、千曲川が大きく蛇行する場所ではないので浸食による居館敷地面積の流失はそれほどでもなかったと考えるべきだと思われる。

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北側より撮影した外堀。

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公園化された居館跡の北側を西側から見上げる。周囲の雑木林を伐木して再整備が進む。


●居館南側

居館中央部分の発掘調査では内堀(上巾6m)が確認され、内堀から北側部分で数多くの遺物が発掘されているが、南側からはほとんど何も出ていないので居住空間は北側が中心だったようである。

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北側から見た南側の郭跡

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南側の郭内部

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土塁で囲まれているのが分かる

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千曲川に向かう外堀。廃館に伴い埋めようとしたらしいが簡単に埋められる規模ではない。

●所感

この記事を作成するにあたぅっては、平成元年3月に発行された「小沼・湯滝バイパス関係遺跡発掘調査書」(飯山市教育委員会)を読ませていただき参考にした。

この居館が何故千曲川に面しているのか、という疑問は未だ解決されていない。この場所は古くから千曲川の渡し場であり、その後も鉄道が開通するまでは、越後からの物資を船で輸送する拠点であったという。高梨氏が水内郡や高井郡に勢力を拡大した時に渡し場の監視砦として築かれたという説もあるが、この規模は単なる砦の類いではなく中央政権とパイプを持っていたであろう巨大な豪族の城館だった事が発掘調査から証明された。

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現地の説明板には居館は「上野の城崖」と呼ばれ、通船に関する記載もみられた。

残念ながら、この館の主は不明だ。付近にある他の居館跡に比べるとその面積はやや小さいが、外堀の防御性はピカイチで、万が一の脱出には船が使われたであろうことは想像に難くない。

この居館が廃絶される直前、この地方は市河氏、高梨氏、村上氏、小笠原氏が熾烈な所領拡大争いを展開していた時期である。その抗争に巻き込まれて戦火に遭い自落したのか、敵方により廃館処分されたのかは判らない。
すくなくともその後の甲越紛争の頃には使われずに朽ち果てて今日に至ったようである。

DSCF7898.jpg
水運を利用した都との交流があったのであろうか。

「飯山地方は興味が尽きない・・・」このことである。こんな記事を書いていると、飯山方面に出掛けたくなって仕方がない・・(笑)


≪大倉崎館≫ (おおくらざきやかた 上野城館 上野城崖)

標高:324.5m 比高:20m(千曲川より)
築城年代:14世紀頃
築城・居住者:不明
場所:飯山市常盤上野
攻城日:2015年4月2日
お勧め度:★★★☆☆ 
所要時間:-
駐車場:入口にあり
見どころ:土塁、掘跡など
参考文献:「小沼・湯滝バイパス関係遺跡発掘調査書」(1988年 飯山市教育委員会)、「定本 北信濃の城」(1996年 郷土出版社)など
注意事項:特になし
付近の城跡:柏尾城館、今井館、神戸砦、犬飼館など

DSCF0059.jpg
対岸からみた大倉崎館。謎多き居館跡である。


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Posted on 2016/06/04 Sat. 08:05 [edit]

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コメント

「わざわざ中世の遺跡のど真ん中にバイパスを開通させる必要があったのだろうか?」

本当にそのとおりですね。
パッと見、周りの土地でも、道にするのは問題無さそうですね。
とはいえ、素晴らしい遺構です。

神奈川にも北条氏の小机城という素晴らしい城郭がありますが、残念ながら真ん中を高速道路が貫いています。
あれが完存していたらすごい史跡だったろうと思います。

マサハレ #iXQNhkLY | URL | 2016/06/04 19:29 * edit *

信濃の妄想

私を掌握する館であったことは確かでしょうね。渡しの渡河方法(橋・船・綱など)に合わせた構造が読み解けたら面白そうです。
今回はジムニー君、隠れキャラ的にいますね。
私、車のFM、FM長野に周波数合わせて、こっそり信濃を除いている気分を楽しんでいます。飯山は11月末までお預けと自制していますが、通るだけならいいか、と、理由をつけて行こうとしています。

えいき #- | URL | 2016/06/04 22:47 * edit *

ほんとにど真ん中をブチ抜いてますね。

九州の方でも九州自動車道のために潰された中世城郭がありますよ。
どこも役所というのは杓子定規なんですねぇ。

凄い土塁だ。
これは現代でも よじ登るとなれば足場を架けなきゃ無理そう^^
拍手☆彡

時乃★栞 #- | URL | 2016/06/05 13:58 * edit *

誤字、失礼しました

冒頭の私、渡しです。失礼しました。

えいき #- | URL | 2016/06/05 19:02 * edit *

Re: マサハレ様へ

そういえば名胡桃城も分断されてましたネ。真田丸ブームだからといってあんなに改造されてどうなんでしょ。疑問です。
ドラマでは案の定、城主の鈴木主水は登場せず訃報で終了。いつものことか・・・・(笑)

長野県の埋蔵文化財に対する意識は相変わらず低いようです。特に中世に関しては専門分野として取り組む人材不足が露呈しています。自治体による格差も問題です。まだ飯山市はまともな自治体かもしれません。
しっかり次の世代に引き継がないと笑い者になります。

らんまる #- | URL | 2016/06/06 07:27 * edit *

Re: えいき様へ

昨日は予告通り飯山市を徘徊してしまいました・・(笑)

三度目の正直で突入した黒岩城はもはや原野に近く、藪のトンネルを強行突破して二本の堀切発見で限界。主郭で立ち往生。
郭4の物見で休息中にスズメバチの奇襲を受けて一目散に退却・・弱り目に祟り目とはこの事・・(汗)
柏尾館、顔戸館、小佐原城を巡って久々の山口城は草茫々。

それにしても飯山地方にいるだけで何故か心が落ち着きます。良き土地柄です・・・(笑)

らんまる #- | URL | 2016/06/06 07:39 * edit *

Re: 時乃★栞様へ

室町期の方形居館跡は生活臭のする遺跡が多いのですが、この館はかなり防御を意識した緊張感のある居館跡でした。
外側にもう一周堀があれば立派な平城です。それでも内郭を内堀で分割しているのでやる気満々な事は確か(笑)

埋蔵文化財に対する取り組み意識が低いんです長野県。
「道路作るから壊すぞ!」って言われてようやく腰を上げてもはや手遅れ。未来の子供たちにお詫びのしようもない・・(汗)

らんまる #- | URL | 2016/06/06 07:47 * edit *

面白いです!

こんばんは、らんまるせんせ。
まぁ、何て面白い遺構なんでしょ。じょがけ、という名前もいいなぁ。
千曲川の水運はどんな働きをしたのか、興味がわきます。急流過ぎて無理なのかなぁ。
ものすごい規模の土塁&堀なんですね。甲賀市で「城」の名が付くものより、凄そうです。
失われたものもさることながら、せめて残った分だけでも大切に伝えていかないといけませんね。せんせ、ふぁいと!

つねまる #pjmS0te2 | URL | 2016/06/06 20:58 * edit *

懐かしいですわ

5年前、当時高校生だった娘と行きました。
って、菜の花公園のおまけでしたけど。
解説読んで分かりましたが、凄い館だったんですね。
堀が埋められていたとは。
千曲川のほとりにあり、やはり水運に関わる輸送業で稼いでいたんじゃないかと思います。
当時は蛇行が多く、流速が遅いので水量が多く、舟での輸送は大量に運べるので想像以上に盛況だったんでしょう。

あおれんじゃあ #- | URL | 2016/06/06 21:16 * edit *

Re: つねまる様へ

寝落ちしてしまい、返コメが遅くなりましたスミマセン。

千曲川流域に築城された飯山城、長沼城(壊滅)、海津城、上田城、小諸城は戦国時代が終焉しても大名の城として残りました。
戦乱の頃より水運の拠点としての機能も兼ね備えていたと思われるのですが、軍事上の機密だったせいか文書としては残っておりません。この謎が解明されるとかなり楽しいはずですが想像の域を越えません・・(汗)

「発掘調査も破壊である」と調査員の方が申しておりました。でも、そのおかげで往時の姿が鮮明に蘇るのです。
けれど道路工事で破壊したものは元通りになりません。発掘調査報告書を残せば良いというものでもないと思うのですが、お役所は全てが万事やりっ放しで誰も責任をとってくれません。「税金返せ!」(笑)

らんまる #- | URL | 2016/06/07 06:17 * edit *

Re: あおれんじゃあ様へ

飯山地方には結構立派な居館跡が多く残っているので、往時は我々の想像以上に豊かな土地だったと思われます。
戦乱の前には小菅山が戸隠山、飯綱山と並び山岳信仰のメッカだった事もあり、小菅山に通じる大倉崎館は陸路と海路の要衝だったんでしょうね。

あの堀の発掘写真は強烈でした。高梨一族に対抗する豪族の拠点だった可能性もありますネ。
再利用出来ないように堀まで埋められて廃棄処分されるとは相当な憎悪が感じられます・・・(汗)

らんまる #- | URL | 2016/06/07 07:16 * edit *
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