らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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藤沢城 (伊那市高遠町藤沢)  

◆杖突峠の南を守った城館一体型のコンパクトな山城◆

今でこそ、天竜川沿いに中央自動車道が通るので、この道が諏訪と伊那谷を結ぶ道のように錯覚するが、往時は諏訪大社の上社から杖突峠(つえつきとうげ)を越える杖突街道(現在の国道152号線)ルートが往還であり、戦国時代も多くの軍勢がここを通ったのである。

藤沢城(伊那市) (80)
杖突峠から見た諏訪湖。武田信玄も織田信長もここからこの景色を眺めたのであろうか。

藤沢城(伊那市) (84)
正面には信玄が諏訪郡代を置いた上原城がよく見える。

今回ご案内するのは、諏訪から杖突峠を越えて高遠との中間地点に築かれた藤沢城。
場所は伊那市であるが、実質的には諏訪勢力圏内であり、当初は伊那への進出拠点としての役割を持っていたと考えられている。

藤沢城(伊那市) (1)
杖突峠を越えてしばらく下ると、藤沢地区の御堂垣外(みどうがいと)の道路沿いに登城口の看板がある。

藤沢城(伊那市) (2)
フェンスは棘の鉄線で開かないので、両サイドから適当に用水路を越えて入り道なりに進むと案内板があるので迷わない。

藤沢城(伊那市) (5)
10分も登れば尾根の分岐に着くので、そこを左に折れれば城域となる。

【立地】

伊那市高遠町藤沢の堂垣外の西で、藤沢川を隔てた蛇山(じゃやま)の山頂にある。諏訪市と伊那市に跨る守屋山(1650m)の支尾根先の末端部で、その名が示す通り平坦に伸びた蛇のような尾根先で頭の部分になる。
ここは松倉峠(金沢峠)と杖突峠からの道が合流する場所で、古来より交通の要衝であった。

藤沢城(伊那市) (8)
北側の搦め手方面。特に何もなかった。

藤沢城③ 001

【城主・城歴】

城主は、元暦・文治年間(1184~1190)に諏訪の社領に属していた藤沢盛景、さらに天文十八年(1549)には武田信玄に属した保科正直が居住していたと伝わるが、築城時期についてははっきりしていない。
保科氏は武田氏の滅亡とともに天正十年(1582)に高遠に移ったといわれ、その後の藤沢城の経緯は定かではないが、高遠城の砦として諏訪方面との往来を監視したのであろうか。

藤沢城(伊那市) (10)
最初に現れる堀切㋔。

藤沢城(伊那市) (14)
三段の小さな郭を越えて堀切㋓へ。

藤沢城(伊那市) (15)
堀切㋓の手前から主郭方面を見上げるが、これじゃよく分からん・・・。

藤沢城(伊那市) (20)
本郭手前の堀切㋒から見下ろしてみた・・・。

【城跡】

連郭式のコンパクトな山城で、防御は5本の堀切と数段の段郭のみである。
垣外(がいと)という地名の示す通り、麓の藤沢川と南沢の合流地点には根古屋があり、往時は城館一体型であったことが伺える。
現在道は消えてしまっているが、根小屋から郭2に通じる大手道があったと思われる。
根小屋は残念ながら耕作地化による改変の為にその遺構をうかがい知る事は出来ないが、天正十年の城絵図が伝わっており、藤沢城の最終形と考えられている。

藤沢城(伊那市) (22)
主郭手前の堀切㋒。急斜面を断ち切り落差を稼いでいる。

藤沢城(伊那市) (75)
堀切㋒(東側)から見た堂垣外集落と松倉峠方面。

藤沢城(伊那市) (69)
本郭付近から見た南側の高遠町方面。抜群のロケーションだ。

藤沢城(伊那市) (29)
辿ってきた杖突峠方面と街道。

●主郭

周囲を土塁に囲まれた18×8の広さで、虎口は東側にある。結構狭いので、籠城というよりも普段は物見台、緊急時には搦め手へ逃れるための時間稼ぎの類いであろう。

藤沢城(伊那市) (56)
標柱と説明板の立つ本郭(西側より撮影)

藤沢城(伊那市) (53)
主郭の西側の土塁。

藤沢城(伊那市) (72)
古城には老松が似合うのは何故?(笑)

●二の郭

主郭の南に堀切㋑を隔てて郭2(28×6)がある。土塁の囲みはなく長方形の郭の東西に細長い帯郭が数段確認できる。
大手方面の堀切㋐との出入り口に土塁があるので、門が置かれていた可能性がある。

藤沢城(伊那市) (52)
主郭と郭2の間の堀切㋑。

藤沢城(伊那市) (33)
逆にしてみるとこんな感じ・・(笑)

藤沢城(伊那市) (39)
下り坂となっている郭2.

藤沢城(伊那市) (40)
んーん、この時期の浅い堀切の撮影はちと厳しい。

藤沢城(伊那市) (44)
堀切㋐の断面。

藤沢城(伊那市) (46)
かつての大手方面に立つ老松。

●根古屋

麓が見える高さなので、そのまま郭2から藪漕ぎして下っても良かったのだが、夏場なので遠慮した・・。地元の方にクーさんと間違えられても洒落にならないし、何より「蛇山」の名の如くヘビに遭遇するのも遠慮したい・・(笑)

藤沢城(伊那市) (73)
説明板に掲載されている藤沢城の天正十年の時の絵図。本丸の左下の「orz」(?)のような記号が砦の場所である。

藤沢城(伊那市) (61)
かつての麓にあったという本丸はとその周辺は改変により確認出来なかった。

藤沢城は、WEBで検索すると結構訪問記事にされている方が多い。お手軽に登れて城跡からは絶景が眺められるというメリットは大切な要素で、修験者の修行に近い荒行を求める信濃の山城の中では異質である・・・(笑)

先日、信濃先方衆の「ていぴす」さんにこの城の事を尋ねたら、本郭に立つ老松をスマホの待ち受け画面を見せてくれました(笑)
山城フリークの皆様にはメジャーな城なので、結構自分としては衝撃(笑劇)を受けた次第ですw・・・。


≪藤沢城≫ (ふじさわじょう 蛇山)

標高:1032m 比高:80m(国道より)
築城年代:不明
築城・居住者:藤沢氏・保科氏
場所:伊那市高遠町藤沢
攻城日:2016年8月28日 
お勧め度:★★★☆☆ 
館跡までの所要時間:15分 駐車場:道路脇路駐
見どころ:堀切、土塁など
注意事項:特になし。最近まで整備されていたようだが、だいぶ荒れてきている。
参考文献:「信濃の山城と館⑤上伊那編」(2014年 宮坂武男著 戎光祥出版 P442参照)
付近の城址:台の城山、栗木田城、中条の城など

藤沢城(伊那市) (63)
「おーい!」と叫べば聞こえそうな高さの城跡だ。














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Posted on 2016/10/09 Sun. 20:08 [edit]

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コメント

なつかしいねえ

ここに行ったの何年前だったかな?
道走っていたら標識があり、行き過ぎて、Uターンして攻城した覚えが・・・
なかなかコンパクトですがメリハリありますね。
風景もGOO!
物見の城ということが良くわかります。
しかし、藪化が進みつつありますね。小生が行った時は藪が払われていて最高でした。

あおれんじゃあ #- | URL | 2016/10/10 21:29 * edit *

Re: あおれんじゃあ様へ

この界隈で「奇人変人」の最高の称号を得ている猛者の皆様が記事にしているという藤沢城。
さぞかしビンビンの縄張りかと思いきや、オーソドックスな城館一体型の優等生でした・・・(笑)

この砦、仰せの通り、立地が満点ですね。
当日は、地元の親子連れが城跡に登ってきていました。

いつまでも後世に残して欲しい史跡だと改めて思いました。

らんまる #- | URL | 2016/10/10 22:14 * edit *
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