らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0412

松平城 (下伊那郡大鹿村大河原文満)  

◆大河原城の北の関門を守る支城◆

上田城跡公園には、桜の木は実は千本も無いのだが、何故か「上田城千本桜祭り」の名称で4月23日まで絶賛開催中である・・・(笑)

先週8日(土)に、例年より10日ほど遅い桜の開花宣言が出されたが、本日は冬に逆戻りしそうな雨交じりの最高気温8℃・・・(汗)

雪国の住人は、この時期冬タイヤ➡夏タイヤへの交換のタイミングに悩むが、愛馬は4WD(最近はAWDの表記)という事もあり、過信は禁物なのだが、先日タイヤを履き替えて久々の洗車・ワックス掛け。過酷な山城探訪へのお礼も込めて・・・。

IMG_0940.jpg
17歳のジムニーくんですが、小生とのお付き合いは未だ2年弱。野山を駆け巡る事約17,000kmで、これからもよろしく・・(笑)

今回ご案内するのは、大鹿村古城探訪シリーズ第三弾の「松平城」。

【立地】

小渋川の右岸、小渋川と青木川の合流する地点より北へ500m寄った小高い位置に松平城がある。現在は松平神社の社地で、本殿、拝殿、舞台が立ち並ぶ。古くは、北の塩原から河合、中尾、文満と通じる道路が主要路であったというので、この場所は大河原城の北の関門である。

大河原周辺の城
大河原城とその周辺の城との位置関係。青木城と松平城が大河原城の関門であった事が理解できる。

【城主・城歴】

松平城に関しては「下伊那郡史 第六巻」(下伊那誌編纂会刊行)によれば、以下の記述がある。

「大河原の中心地市場より、西方五五〇米のところ、字文満(ぶんまん)の道路の北一段高い山の中腹にある。小渋峡口の山砦で、現在、平安時代の神像を安置する松平神社がある。高宗の子香坂高重の居城と伝えられる。大河原城の関門というべき位置にある。」

DSCF4054.jpg
室町時代に松平右馬允(うまのじょう)が創建したとされる松平神社。現在の建物は寛政十一年(1799)に建てられたという。

また、宮坂武男氏の調査には以下の記述がある。

「香坂高宗の第ニ子松平二郎の居城と考えられ、元中の初年、足利氏満が大河原に迫った時に二郎は奮戦してこれを退けたことがあるという。また高宗の長子もここに住んだという。

IMG_0579.jpg
神社の西側に土塁が残る。神社建立の際に改変されてしまい往時の砦の様子は分からない。

【城跡】

小生がバイブルとしている「定本伊那の城」(1997年 郷土出版社)には以下の記述がある。

「本郭は現在南北約35m・東西約33mで二段になっている。上段に神社あり、祭神の八幡像は平安時代の作という。下段の境内には江戸時代に建てられた直会館(なおらいでん)がある。第二郭は更に低く僅かな平地で矢場が設けられていた。城は大河原城の西約2km程のところにあり西口防備に当たったのである。城主は高宗の長子高重であり、のちに第ニ子松平二郎が居城したと伝えられている。」

DSCF4056.jpg
主郭はメインとサブの二段だったのだろうか。

「定本伊那の城」で記述されている郭2というのは、恐らく麓の大鹿保育所から神社に通じる参道の途中の平場を指すようだ。
神社の社地と途中の平場だけで砦が構成されていたとは考えづらいので、尾根全体をある程度加工して、その中心が松平神社の社地にあったと考えられるがどうであろうか。

IMG_0580.jpg
郭2の平場(8×7)

≪松平城≫ (まつだいらじょう)

標高:730m 比高:22m(国道より)
築城年代:不明
城主;不明
場所:下伊那郡大鹿村大河原文満
攻城日:2017年3月19日
お勧め度:★☆☆☆☆
城跡までの所要時間:-
見どころ:土塁など
注意事項:特になし
参考文献:「信濃の山城と館⑥ 諏訪・下伊那編 宮坂武男著」 「定本 伊那谷の城」「下伊那郡史」
付近の城址:大河原城、青木城、堀田城、大島城など
Special Thanks to ていぴす殿

IMG_0571.jpg
青木城より見た松平城とその奥に位置する堀田城。



スポンサーサイト

Posted on 2017/04/12 Wed. 22:36 [edit]

CM: 0
TB: 0

« 堀田城 (下伊那郡大鹿村大河原中尾)  |  青木城 (下伊那郡大鹿村下青木) »

コメント
コメントの投稿
Secret

トラックバック
トラックバックURL
→http://ranmaru99.blog83.fc2.com/tb.php/854-d9488a0e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

城主からのご挨拶

地域別攻城戦記

諸国在住の皆さまのありがたき進言

もののふ入城者数

在城中の「もののふ」

攻城戦記年表

▲Page top