らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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中山砦と鍬形原烽火台 (松本市中山)  

◆巨大霊園に眠る遺構も伝承も不確かな砦跡◆

取材したまま眠る約300城に及ぶ過去の在庫をどうしたものかと思案中である・・・(汗)

城名と写真2~3枚と場所を提示するだけなら、毎日更新すれば来年の今頃にはスッキリするだろう。(それも大変な労力だが・・)

んーん、それはそれで姑息な手段と誹りを受けそうなので、精一杯、そして少し手を抜きながらペースアップするという結論・・(笑)

なので、今回手を抜いて(ってか、遺構が無いので)ご紹介するのは「中山砦と鍬形原烽火台」

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松本市街地の南東に位置する巨大な中山霊園。北端には桜の名所として有名な弘法山古墳がある。(県道63号の南側より撮影)

【立地】

松本市街地の南南東で、市営の巨大な霊園の墓地が山塊を埋め尽くす中山の頂部に中山砦と鍬形原烽火台が存在したと考えられている。背後の鉢伏山の山稜からは独立した峰であるため、頂上からは松本盆地の眺望は素晴らしく要害地形であるが、山頂部は開発等により広範囲で平坦地化されてしまい往時の遺構は消滅している。

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山頂に残る鍬形社跡の鳥居。全山霊園になっているが、頂部は公園で運動場やマレットゴルフ場がある。

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中山砦跡に残る鍬形社の石碑。ここの参道に近年まで堀形が存在していたようだが、殆んど消滅している。

【城主・城歴】

「信府統記」や「長野県町村誌」にも記載が無く、史料・伝承等もはっきりしない。ただ、「松本市史第二巻」に「鍬形原烽火台(中山)」について発掘調査の結果が記載されている。また「東筑摩郡・松本市・塩尻市誌 第二巻」にも小笠原氏の砦群として地図に四つの矢印があり、その一つとして(あるいは二つ)該当する可能性があるという。※「信濃山城と館④松本・塩尻・筑摩編」(宮坂武男著 2013年戎光祥出版)より一部引用。

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鍬形社と烽火台跡(三角点のある場所)の間はマレットゴルフ場に改変され段差(切岸)も消滅したらしい。

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おお、堀形or古墳の石室と思いきや、マレットゴルフの池跡らしい(紛らわしいわい!!・・・怒)

【砦跡】

宮坂武男氏の調査記録が平成6年なので、それから23年経過し、さらに状況は酷くなっている。宮坂氏の報告では三角点の北方の尾根には堀切が認められ、三角点の廻りも辛うじて円形の土壇が残り狼煙台跡の痕跡を残していたようだが、その後改変されたようで三角点以外は何も確認出来なかった。

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三角点は生垣に囲まれていたが、周囲の段差は何もなかった。

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ここの生垣が三角点。鍬形原烽火台はこの場所だったらしい。

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三角点の先の北尾根遊歩道にはかすかに堀形が確認出来る。唯一の遺構であろう。

山全体が霊園になっているので、非常に珍しい。何度も付近を通過していたが、この霊園に立ち入るのは初めてである。
あの世に行ったからといってこの景色がみえるのだろうか?

天邪鬼と言われようが、生きて見るからこそ価値があるように思う。

皆さんも生きているうちに、色々なところに出掛けて、沢山の素敵な風景を心にその目に焼き付けてくださいネ・・・。

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砦跡付近の霊園から見た南松本・塩尻市方面。

≪中山砦と鍬形原烽火台≫ (なかやまとりでとくわがたはらのろしだい)

標高:836m 比高:215m
築城年代:不明
城主;不明
場所:松本市中山
攻城日:2016年11月6日
お勧め度:★☆☆☆☆
城跡までの所要時間:-
見どころ:景色のみ
注意事項:近くにサッカー用の運動場がありプライバシーに注意
駐車場:公園用の駐車場有り
参考書籍:「信濃の山城と館④松本・塩尻・筑摩編」(宮坂武男著 2013年 戎光祥出版)
付近の城址:小池砦、馬場家屋敷、赤木北城、赤木南城、八間長者城、埴原城など。



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全景。


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Posted on 2017/06/20 Tue. 22:41 [edit]

CM: 4
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コメント

こんにちは、らんまるせんせ。ご無沙汰してます。

まぁー。霊園が山城とは、なかなか行きづらいというか、ちゃんとした大人でないと失礼なことがありそうな場所ですね。

やけくそになって北海道の旅を致しましたが、今回はチャシ跡や陣屋跡を中心に見学しました。様々な資料館でいろいろ教えていただきましたが、関西あるあるの「研究者以外の人間に対する冷たい目」、があまりなかったので、素朴に楽しかったです。

誰でもいいから興味を持ってほしい、そして、広めてほしい、それには何が必要ですか?と、聞かれました。うーん、難しい。

で。

狛犬フリークと本州の山城好き(チャシと築造の趣旨は違えど)に着目している学芸員さんが結構おいででした。何故なら、狛犬と土のもこもこは身近だから。

そんな悠長なこと言ってるから、素人(らんまるせんせはプロだと思いますが)の人気ブログの方が、論拠も解説も詳細なんちゃう?と説教たれてきました。ほーっほっほ。

ほんまに、学芸員なのに、そんなことも知らへんのん!?と、何度も思いました。
例えば狛犬。うちらは砂岩のなにわ狛犬なら一目でわかりますが、北海道の方は、砂岩だろうか?どうだろうか?から、スタートです。ほんまに、アホかー!!です。参考資料をわんさか教えてきましたよー。もー。ぷんぷん。

いかに実物を、本物を実際に現地で見て知ることが大切か、つくづく思い知った次第です。

らんまるせんせの記録は、絶対に残さなあかんと思いますよー。
どうしましょ?の前に、呑むなら動け、こら、です。ふっふっふ。

ちらほらとしか見てませんが、北海道でも。
不思議なもので、先人たちが大切にしていた場所は、時代を下れどなにがしか感じるというか、地理的な要素もあって、それを再活用したようで、史跡on史跡、が多かったです。

つねまる #pjmS0te2 | URL | 2017/06/25 15:56 * edit *

Re: つねまる様へ

こんばんわ。

充電しているのか、ヤケクソになって旅に出ているのか、〇〇探しの旅を実践されているのかは定かではありませんが、お元気そうで何よりでございますw

小生、自慢じゃありませんが、四国と北海道は未踏の地なので、何度か繰り返し訪問されている貴殿を羨ましく思います。
松本空港からは夏季だけJALの札幌直行便が出ているので、「どげんかせんといかん!」と思いつつ放置しております(笑)

仰せの通り、奇人・変人の趣味と認知される事象に関しては、絶対的にアマチュアが勉強熱心で真骨頂に近いところまで攻めており、プロの追従は赦すことはありません。でも、専門家の彼らにしてみれば、所詮アマチュアの推測であり、裏付け史料無き妄想など対等な土俵にも乗れないという「奢り」が心のどこか奥底にあるのでしょうか。それとも好きな事が仕事になり、それで収入が得られることにより探求心が薄れるとか・・。

そんな事よりも、小生の願いはただ一つ、「中世の山城と館」を好きになってください」・・・(笑)
もち、狛犬様も!!(爆)


らんまる #- | URL | 2017/06/25 20:55 * edit *

よくもまあこの物件を

この物件を単独記事にするのはたいしたもんだあ
俺なぞ埴原城のついでに扱っただけです。
ただ、遠くから見ると林城との連絡用にはいい場所なんですねえ。
いい遺構が有りそうで行ってみたらマレットゴルフ場という落差が痺れます。期待を裏切る正統派です。その逆なら歓迎ですけど。
でもここから見る北アルプスの山々は絶景でした。

あおれんじゃあ #- | URL | 2017/06/26 23:00 * edit *

Re: あおれんじゃあ様へ

山城巡りは墓巡りみたいなもんなので、あまり驚くことはないのですが、この巨大な霊園はさすがに規模が違いました(汗)

のっぺりとした高台なので、見張り台は置けても全体的に緩すぎて山城は無理だったようです。
北側の尾根にある弘法山古墳の桜は見事だと言われているので、いつか桜の季節に訪ねてみたいと思ってます・・(笑)

らんまる #- | URL | 2017/06/27 07:59 * edit *
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