らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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矢崎城(長和町)  

◆和田城の支城か?謎の城◆

先日、何気にBS朝日にチャンネルを変えたら何と安土城が映っていた。(もちろんCG合成だったが)
思わず2時間見とれてしまった。

たまに近代城郭を見ると少年時代に憧れてた事を想い出し、それが何で土の城のスイッチに切り替わったのかと不思議に思えてならない(笑)

ご興味のある方は毎週金曜日に放送されているのでご覧下さい。日本の城ミステリー紀行

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↑で、例のらんまる秘蔵ノート。中学生時代は美術5だったのにセンスのかけらも無い(爆)

先週の水の手城と変わらない険しい攻城戦になる事は予想されたが、行くしかないでしょう。

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↑地元の方に「いのしか防禦フェンス」を開けて頂き攻城開始。

登山道はうっすらあるので迷う事は無いが、酷い急勾配。2週間連続の尾根攻めはさすがにキツイ。

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途中3ヶ所平坦地があるが、痩せた尾根で巾もなく落ち葉で滑る。夏の攻城は雑木林と藪で無理かもしれない。

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↑城域手前の最後の難関。毎週何が楽しくてこんな場所にいるのか・・・ふと考える・・

ようやく4段目のたるみに這いあがる。段差をつけて加工したようにも見える。

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↑へなちょこ縄張り図の③郭

烽火台程度の狭い場所だろうと想像していたが、かなりの広さに驚愕する。
(事前に縄張り図を書き写していたのにネ)

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三角点のある場所が38×21の本郭。

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思いっきり広い②郭から本郭を見る。段差を付けて加工されているのが分かる。

多少傾斜はあるものの、運動会の出来そうな②郭を探索する。クマが砂浴びをしたような跡が2ヶ所ある(恐)

②郭の西側は例のごとく堀底を盛り上げた広い堀切で遮断されている。武田による改修かもしれない。

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大堀切の西側には④郭。その先は特に加工されていない。西側の尾根伝いの攻撃に対する防禦としては物足りないと思うが、途中で放棄されたのかもしれない。

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↑④郭。止め山なのはわかるがテープが邪魔ですw

天文二十二年(1553年)八月、武田晴信は和田城の大井信定を攻めて落城させる。(自落とも)
大井信定は南和田の矢ヶ崎(矢崎とも)で武田軍に反撃を試みるが敗れて討死したという。

大井氏の家臣であった秦氏(のちの羽田氏とも)もその時に討死したらしいが、この城は秦氏が和田城の支城として預かっていたというが、推測の域を出ない。

大井氏最後の戦いの場所がこの矢崎城だったのか、それとも山麓だったのかもハッキリしていない。

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矢崎城全景

≪矢崎城≫ (または矢ヶ崎城)

築城年代:不明 
築城・居城者:秦氏、大井氏、武田氏

場所:小県郡長和町長久保
標高939m 比高約260m
攻城日:2010年12月5日
お勧め度:★★★☆☆
見どころ:大堀切、土塁。見晴らしはあまりよく無い。
時間:約40分。かなりの急勾配なので転落注意。(行きも大変だが、下りはもっと大変)
その他:近くには中山城、御岳山城、長窪城、和田城があるのでセットでお勧め。

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Posted on 2010/12/05 Sun. 16:30 [edit]

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