らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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外山城(東御市)  

◆千曲川の断崖に立つ見張りの城◆

この週末は家族サービスとやらで攻城戦は休戦。余計に疲れてしまい、山を彷徨っているのがお似合い(苦笑)

今回ご紹介する外山城(とやまじょう)は、車で訪問出来る立地にあります。対岸にある祢津城と毎年「狼煙通信」のイベントが開催される場所ですが、山城の基本的な構造と遺跡がしっかり残る貴重な場所でもあります。

外山城 (27)
↑中央の平坦部が外山城(東御市島川原地区より撮影)

この城は芦田依田氏(佐久大井宗家の分流)の築城とされ、天正十年以後は天正壬午の乱において徳川家康の属将として活躍した依田信蕃(よだのぶしげ)の家臣「依田十良左衛門」の居城だったとの記載があるようです。

外山城 (3)
↑駐車場から続く本郭に通じる広大な郭。大手道だったこの郭には恐らく木戸があったのであろう。

千曲川に面する崖方向に対して四重の曲輪を配置する外山城ですが、搦め手にも似た崖に厳重な防禦を施したのは何故なのでしょうか?

外山城 (6)
一説には烽火台と呼ばれる大土塁ですが、宮坂先生の考察通り、本郭を目隠しする為の工作だったのでしょう。

木戸があったとされる駐車場から一段低い本郭はこの土塁が無ければ丸見えです。
軍事機密を保つには必要な構造だったのかもしれません。

toyama012.jpg
↑本郭を遮断する通路を遮断する大堀切。

見晴らしの良い広めの本郭の北側に二の郭、三の郭を構えて桝形を配置して、崖から登る敵に対する備えは完璧です。

外山城 (11)
本郭。ここからの景色は素晴らしい。

外山城 (13)

千曲川の向こうには祢津氏の居城や出城の矢立城が見え、肥沃の台地を臨む事が出来ます。

toyama021.jpg

桝形の場所は、この城の防禦における最高の工夫が凝らしてあり一見の価値があります。

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↑桝形の敵を迎え撃つ土塁に囲まれた郭

500年前の地形と現在の地形に何らかの変化は否めないとしても、千曲川の岩壁に防禦を施した訳は謎ですネ。

依田氏の謎を辿る城の一つですが、後世の解明が期待出来る城かもしれないと云う事で・・・。

外山城 (12)
外山城から布引城方面。

≪外山城≫ (とやまじょう) 

築城年代:不明
築城・居城者:依田氏
場所:東御市羽毛山外山城
標高683m 比高約165m
攻城日:2009年2月1日
お勧め度:★★★☆☆
見どころ:堀切、大土塁、桝形、城跡からの展望など
時間:駐車城から徒歩1分






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Posted on 2010/12/12 Sun. 22:16 [edit]

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