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らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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根小屋城 (長野市戸隠)  

◆善光寺と戸隠三社を結ぶ信仰の古道を抑える台地の先端に築かれた砦◆

武田信玄と上杉謙信が干戈を交えた甲越紛争は、川中島合戦ばかりにスポットが当たるのだが、越後国境の野尻口や関川に通じる戸隠・鬼無里でもゲリラ戦が繰り広げられた。

この紛争は、戸隠山や飯縄山、小菅山などの修験道を味方につけることで宗教上の優位性と大義名分を確保したいという狙いがあり、信玄の調略に応じて謙信の怒りを買った戸隠山は兵火に焼かれ、三社を小川村に疎開させるという悲劇に見舞われている。

今回ご案内するのは、善光寺参りを終えた信者が陣場山を越えて裾花川を渡り、戸隠山に向かう台地の古道を監視したという根小屋城。なんせ、3年前の6月の訪問なので記憶が曖昧なのはご容赦願いたい・・・・(笑)

根小屋城(長野市戸隠) (2)
農道の開通により堀切の形が変わってしまったが上巾12mの横堀㋐。

根小屋城(長野市戸隠) (1)
L字の横堀㋐に接続する㋑を堀形とみるのは中々難しいが耕作地化による改変であろうか。

【立地】

飯縄山(1917m)の南に広がる裾野の台地が裾花川に突き出す先端の高台を利用して築かれている。ここからは南の陣場平山(1257m)とその西脇の地蔵峠が一望できる。西側の楠川を挟んだ栃原の台地に築かれた福平城と共に善光寺平からの侵入を見張ったものであろう。

根小屋城(長野市戸隠)見取図①
残念ながら近年に主郭に電波塔が立てられたが、破壊は最小限に留まったようだ。

根小屋城(長野市戸隠) (4)
ほぼスクエアな郭3。

根小屋城(長野市戸隠) (5)
城址は耕作化されたものの、郭の輪郭や切岸はそのまま残ったと思われる。


【城主・城歴】

史料や口伝等も無く不明。善光寺平に通じる陣場山を中心とした物見や砦が見渡せる位置にあるので、甲越合戦の頃には重要な拠点として狼煙台の機能も果たしていたと思われる。

戸隠地域に展開する山城としては福平城に次ぐ広さがあるので、第二次川中島合戦後の講和条件で前線を下げさせられた武田軍が柏鉢城を拠点として裾花川流域から野尻口を目指してゲリラ戦を展開する拠点の一つとして整備された可能性は考えられる。

根小屋城(長野市戸隠) (7)
郭2もかなりの広さだ。

根小屋城(長野市戸隠) (28)
主郭と郭2との境界は土塁でかさ上げした圧巻の切岸。主郭を見渡せないように目隠し効果も狙ったものであろう。


【城跡】

最高所に位置する主郭は電波塔の建設により南側が改変されたものの最小限に留まったようだが、郭の内部は身の丈もある藪が生い茂り詳細が確認出来なかった。南西に接続する郭4は堀切㋒を介して両サイドに腰郭を置き裾花川に突き出している。
郭2と郭3を囲む横堀㋐と㋑は上巾12mほどあり往時はもっと深かったと想定され、福平城やその出城の大昌寺山城と同じ時期の土木工事と考えられる。

根小屋城(長野市戸隠) (27)
主郭に立つ電波塔。ロケーションの良さで選ばれたのだろうが、何も城跡に立てなくとも・・・・(汗) ※右端は巨大な土塁。

根小屋城(長野市戸隠) (9)
草茫々の主郭から高土塁を見てもなんの事やらさっぱり・・・(汗)

根小屋城(長野市戸隠) (11)
先端の郭4と主郭を区分する堀切㋒。

根小屋城(長野市戸隠) (22)
郭4の削平地。

根小屋城(長野市戸隠) (26)
主郭に立つ物見櫓・・・(笑)

戸隠地区には驚くほど城跡が点在している。政教分離が徹底された現在の日本では考えられないのだが、往時は善光寺参りと戸隠山(戸隠三社)参りは周辺の地域住民の必須科目だったようで、上杉も武田も征服地の円滑な統治には宗教の取り込みは必死だったようである。

根小屋城(長野市戸隠) (32)
堀切㋐から見た城域。


≪根小屋城≫ (ねごやじょう 城) 

標高:860m 比高:-m 
築城年代:不明
築城・居住:不明
場所:長野市戸隠原口
攻城日:2015年6月7日
お勧め度:★★☆☆☆
城跡までの所要時間:5分
駐車場:無し
見どころ:堀切、土塁など
参考文献・書籍:「信濃の山城と館② 更埴・長野編」(宮坂武男著 2013年 戎光祥出版)
注意事項:特に無し
付近の城跡:猿丸城、城ヶ峯城、栗田氏舘など

根小屋城(長野市戸隠) (36)



根小屋城(長野市戸隠) (39)
北側から見た城跡全景。

大築城 (52)
南を流れる裾花川の土合集落からみた根小屋城。こちらから見ると居館ってよりは山城って感じですよね(笑)
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Posted on 2018/04/11 Wed. 23:44 [edit]

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コメント

城と耕作地

らんまるさん、こんにちわ。
やっと時間が取れるようになってきました(わ~い)。

根小屋城の記事を読ませていただきました。
城を見る目がある程度ある方でも、こうなっていると普通に段々畑にしか見えないのですが、図面に落とすと、立派な縄張りですね。

耕作地となっても、アウトラインに面影がある、というのはまだ救われている城郭址だと思いました。(尾張では考えられません・・)
恐らく虎口など細かな遺構は消滅してしまっているかもしれませんね。

領国経営と宗教勢力との関係性を知るにも貴重な遺跡ですね。

さて・・、自分は生まれて一度も善光寺にお参りに行ったことがありません。今年の夏は戸隠そばを楽しみに一度行ってみたいものだな~、と思っております。

久太郎より

らんまるさんへ #- | URL | 2018/04/12 21:09 * edit *

Re: 久太郎様へ

このような長閑な山間の村にも戦国時代の荒波が押し寄せていたなんて想像も出来ませんが、いたるところに砦がありかなり緊迫した地帯だったんだなんてくしゃみしながら思いを馳せております・・(笑)

戸隠は「鬼女紅葉」伝説があり、それらの史蹟巡りのために何回か通ったので思い入れの濃い場所です。
馬蹄形に盛り付けられた戸隠蕎麦も美味しくて、個人的には中社の「うづらや」の蕎麦がお気に入りです。(1時間ぐらい並びますが・・・汗)

そうですか、善光寺参りのついでに「旭山城」「葛山城」は必須ですね。時間があれば「大峰城」「枡形城」なんかも。
来られる際はアテンドしますのでお声掛けください!

では、Qちゃん杯のハーフマラソン大会、冠も同じ「久」(きゅう)なのでご健闘おいのりしておりますw

らんまる #- | URL | 2018/04/13 07:32 * edit *

蕎麦食いてえ

おお、懐かしの根小屋城!
ここを取り上げたのは貴殿と俺だけでしょうか?
貴殿と俺となると、これは超マイナーな城ってことでしょう。

この城の位置付けはよく分かりませんが、裾花川方面から台地に上がる街道を抑える城じゃないかと思います。しかし、景色の良さは素晴らしいです。こののどかな風景の世界にも風雲急を告げる時代もあったんですね。

ところでこの近くの「猿丸城」攻略しました?
急斜面部から突き出した尾根にあるようですが?
俺は失敗しました。行ったならレポお願い。

あおれんじゃあ #- | URL | 2018/04/14 21:31 * edit *

Re: あおれんじゃあ様へ

師匠、このような田舎の砦の探索などはよほどの物好きでないと実践しません・・・(笑)
また、城の脇を道路が通っているので昔から善光寺平と繋がった街道だった事が推定されます。

根小屋城攻略後に猿丸城は途中までトライしたのですが、尾根筋の道は消え背丈ほどの藪を掻き分けてみたものの先が見えずに断念しました。猿丸から荻久保へ下りる険しい道から見上げた尾根の先端に「猿丸城」があるのだと思いつつ、大沢の尾根からの攻略など不可能であり、無念の思いで帰路につきました。

宮坂武男氏によって山城のいちが断定し調査されたものの、その後の歳月により山が荒れ道が藪に埋もれてしまい、宮坂氏以外には到達できなくなった城がぼちぼち出始めています。恐らく20年後には我々の記事が無形重要文化財になるかもしれません(汗)特に険しい山城は、我々が老化してしまい辿り着けなくなる可能性があります・・・(いや、ボチボチヤバイでしょう)

「この趣味は足腰が丈夫じゃないと続けられないよね・・・」なんて冗談がホントになりつつあります・・急がねば・・(笑)

らんまる #- | URL | 2018/04/16 21:50 * edit *
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