らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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駆逐艦 涼月 (AOSHIMA製)  

◆終戦後は防波堤として日本の港を守り続けた秋月型3番艦◆

軍艦プラモというと、どうしても初心者は花形の航空母艦や戦艦に偏りがちである。

小生も間違いなくセオリー踏襲の一人であるのだが、最近巷では、駆逐艦が進化して面白い事になっているらしい・・・。

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恥ずかしながら、艦船プラモ制作人生においては、「駆逐艦 雪風」に次ぐ2番目の駆逐艦制作である。

先日、終戦直後に長崎に係留されていた駆逐艦涼月(すずつき)の米軍による査察の未発表のビデオが公開された様子を、偶然にニュースで見た。

翌日、プラモ販売店で「駆逐艦 涼月」を偶然にも見つけてしまい衝動買い・・・・(笑)

涼月&北上
同時にプラモ塗装着工した重雷装艦北上の船体との比較。実際には約30mほどの全長の差がある。

【艦歴】

昭和17年12月28日、長10サンチ砲を搭載する防空駆逐艦秋月型の3番艦として三菱造船所で竣工した。竣工後、秋月、涼月、初月、若月の4隻で題1駆逐隊を編成した。涼月の初陣は、昭和18年3月22日に航空基地用物件の輸送任務であった。
5月22日、この任務終了とともに本土へ帰還する際に、戦艦武蔵を護衛して横須賀に帰投した。その後、船団護衛と輸送作戦に従事していた。
昭和19年に入ると、二度に渡って米潜水艦の雷撃により艦首切断の大損害を被ったが、そのたびに復旧し戦線に戻るという武運の強さをみせた。

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老眼進行中なので、この手の小さな艦のパーツ組み立てはホントしんどい・・(笑)

昭和20年4月6日、涼月は大和水上特攻作戦である天一号作戦に参加し冬月とともに戦艦大和の護衛にあたった。涼月は、大和防衛のために対空射撃を行ったが、米軍機の猛攻を受け、艦橋全損、機関部並びに船体前部切断損傷という大被害を受けて行動不能となった。
海戦後、涼月は撃沈されたものと思われていたが。後進で何とか佐世保港に帰投することに成功し急遽ドッグに収容された。

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ある程度組付けしてからブラックサーフェイサーで吹き付けてその上から塗装する方法が最近は主流らしいが、ここは従来塗装で。

佐世保工廠で修理された涼月は、艦橋を角型の簡易構造に変更され機関部の動力は回復されることなく佐世保港の防空砲台として鎮座した。
そのまま終戦を迎えた涼月だったが、戦後は船体より上の構造物を撤去され、姉妹艦冬月と共に福岡県若松港の防波堤となり、コンクリートで補強され覆われた今はその姿を見る事は出来ないが、祖国を守り続けている。

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雪風とともに戦艦大和の最後を見届け、辛うじて帰還が出来た数少ない武功艦である。

【駆逐艦 涼月 諸元表】

基準排水量:2,701t
水線長:132m
最大幅:11.6m
馬力:52,340馬力
速力:33.58ノット
主砲:10cm 65口径×8
魚雷発射管:61cm×4 1門
竣工年月:昭和17年12月29日

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駆逐艦の製作は雪風に次ぐ2作目でしたが、ようやく慣れてきました・・・(笑)

【軍艦防波堤】(正式名称:響灘沈艦護岸)

軍艦防波堤(ぐんかんぼうはてい)は北九州市若松区響町の北九州港にある防波堤の通称。
運輸省第4港湾局により構築された長さ770mの防波堤のうち約400mを、駆逐艦「涼月」「冬月」「柳(初代)」の3隻の船体を沈設して作られた。

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こんな感じで駆逐艦3隻が防波堤として埋まっており、先頭の「柳」のみ形が辛うじて確認できるという。

軍艦プラモオタクの聖地として、いつか巡礼の旅に出て祈りを捧げたいものである・・・・。


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Posted on 2018/06/27 Wed. 21:34 [edit]

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コメント

渋い!

雪風とはタイプが違う幸運艦ですね。
3度に渡り致命傷を受けながら生還するのはこれまた凄いです。
人間もこれくらいのタフさが有ればねえ。
10センチ連装高角砲4基という日本海軍に珍しい重量級防空駆逐艦というのも魅力的ですなあ。

あおれんじゃあ #- | URL | 2018/06/28 20:23 * edit *

Re: あおれんじゃあ様へ

恥ずかしながら、駆逐艦はどれも一緒の型だと思ってましたが、色々な型があり進化を遂げていることを最近知りました。
そのあたりの細やかさは大量生産で画一的なモノづくりの米国とは違うんだなあーと改めて感心する次第ですw

終戦時にもかなりの艦船が残っていたのに、賠償として引き渡されたり解体されたり海没処分されて一隻残らず消えました。
そう考えると三笠が現存するのは奇跡なんだなあーと改めて思います。

らんまる #- | URL | 2018/06/29 07:48 * edit *

海を渡り

らんまるさん、こんにちは。
猛暑で、さすがに山も近世城郭も控えていますが、対馬に行きたくなっています。
戸隠高城も忘れておりませんが、先方衆語らい合って、こんど海を渡ってみませんか。

えいき #- | URL | 2018/07/22 14:05 * edit *
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