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らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0929

特設航空母艦 大鷹 (迷彩色仕様 AOSHIMA製)  

◆日本郵船の客船「春日丸」を改造して出来た特設空母◆

旧日本海軍の航空母艦は、何故か途中から艦種が変更されたり、民間の商船や客船が改造されたりした変わり種が多い。

それが造船技術の最先端を走る日本人の手にかかると、独特の美しいシルエットとなり他国には真似の出来ない仕上がりとなる。

船体にだだっ広い艦載機用の甲板を載せただけの空母が、軍艦プラモの中でも人気が高いのはその生い立ちと個性的な容姿、そしてその数奇な生涯が我々を魅了し続けるせいなのであろうか。

今回ご案内するのは、日本郵船の客船三姉妹として最後に竣工しその後改造空母第一号となった「大鷹」(たいよう)

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大鷹の迷彩模様は色々諸説あるが、難易度の高い迷彩にチャレンジしてみた。


≪大鷹≫ ※アオシマ文化教材社の解説文引用し一部変更

特設空母大鷹は、初め、日本郵船のN、Y、Kを頭文字に使用した貨客船の三番艦春日丸として、竣工後は南米西海岸に配船される予定で、昭和15年9月15日三菱長崎造船所で進水した。しかし、進水直後に予定が変更され、特設空母として改造することになって、11月より仮称艦名1003番艦として工事に着工した。
船体工事の大部分と艤装工事の約三割を長崎で行った上、翌16年5月1日佐世保軍事工廠に回航され、9月5日に完成した。佐世保に回航された日をもって海軍に徴用され特設航空母艦の第1艦となった。
※日本郵船の一番艦は新田丸、二番館は八幡丸(やわたまる)

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甲板の迷彩模様は曲線用のマスキングを使用してエアブラシで色分けするがかなり苦戦。細かい部分は筆で修正。

春日丸の改造は徹底的に行われ、外見からも商船としての痕跡が認められない程であったから、たとえ戦後まで残ったとしても、元の商船には戻れなかったであろうと思われる。
大鷹は航空母艦として戦争直前に就役したので、その改造工事はその後続いて実施された二番艦の八幡丸、一番艦の新田丸などの改造における貴重な経験となった事はいうまでもない。

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艤装してマストを立て、甲板に白線デカールを貼り付ける。

開戦時は正式空母竜驤と共に第四航空戦隊を編成し、第一航空戦隊に入ったが、その後昭和17年8月に正規の航空母艦として軍艦籍に編入され、この時から名を正式に大鷹と改めた。
予想される日米艦隊決戦に際して、特設航空母艦は艦隊用補助空母としての役割を期待されていた。

IMG_7777.jpeg
側面にウェザリング(錆・汚れ)を施す。経年劣化の表現として最近の流行りだが、これを嫌うモデラーもいらっしゃいます。

しかしながら、大いなる犠牲と努力を払って改造した航空母艦も、結果的に見れば各艦のいずれもが船団護衛と飛行機の輸送実績を示した程度で、米国の商船改造空母の活躍と比べると著しく見劣りがする。
また、大戦の中盤以降に登場した比較的大型の天山や彗星、彩雲などを小型で速度の遅いカタパルトの無い特設空母が実践で運用するのはほぼ不可能であった。
※後半に天山用のブースターロケットの開発運用に成功し、同時運用12機が可能だったという。

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艦載機も手を抜かずに・・・(笑) 上から零線52型、彗星12型、天山12型

改造空母の一番艦として進水した大鷹は最後まで海戦と称するような華々しい舞台には一度も登場することなく、航空機、人員の輸送、船団の護衛などの地味な任務に就いていたが、昭和19年8月18日深夜、阿波丸、帝亜丸、能登丸、能代丸など14隻を護衛してルソン島の北西岸を南下中、米潜水艦ローセル号の雷撃を受けて沈没した。

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航空母艦用のカタパルトが開発に成功していれば、特設空母だって活躍出来たはずなのに・・・・残念。

ちなみに日本郵船の一番艦新田丸は特設空母「冲鷹」(ちゅうよう)、二番艦八幡丸は特設空母「雲鷹」(うんよう)。

この三姉妹が戦後まで生き残ることは無く、貨客船として再び脚光を浴びる事もなかったのである。

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仮のディスプレイケースで軽巡洋艦北上と並べてみる。全長は北上が162m、大鷹は180mなのでそれほど変わらない。
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Posted on 2018/09/29 Sat. 16:36 [edit]

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コメント

毎度おじゃまします

らんまる さん

こんにちは、しんこうです!毎度お邪魔しております。

美しい大鷹のプラモにくぎ付けです(@_@)、ありがとうございます!

大鷹って、長崎で造られたんですね、知りませんでした。何かこのらんまるさんの記事との縁を感じられずにはいられませんが、、、
三菱長崎では武蔵、隼鷹あたりは有名で僕も知ってはいたんですが、大鷹はノーマークでした(^_^;

実は、らんまるさんの記事に触発?されて、先週、長崎県の佐世保という街にある自衛隊の資料館に行ってまいりました。この資料館、自衛隊の持ち物でセイルタワーと呼ばれていて、7階建ての建物すべてが資料館となっている贅沢な作りになっています。佐世保鎮守府からの歴史が綴られていてじっくり回ると一日時間をつぶせます。
三菱長崎にも資料館があって、大昔は関係者以外はたしか入れてくれなかったのですが、数年前から入れてくれるようになりました。一応、大和型の二番艦が造られた造船所なんですが、武蔵の知名度や原爆の町とのイメージから広島県・呉の大和ミュージアムほどの勢いは無い展示内容です。

長崎はちょっと遠いですが、お越しの際はご案内(もちろんお城もw)いたします(^_^)/

それでは

しんこう #- | URL | 2018/09/30 09:17 * edit *

Re: しんこう様へ

うっかり九兵衛殿(久太郎さん?)のように常連さんで全然構わないですよ、いつでも大歓迎!(笑)

羨ましいなあ~、佐世保海軍工廠が地元だなんて・・・。
資料館とか博物館は穴が開くほどじっくり見学するのが本懐なので、佐世保へいったらきっと一週間通い詰めても飽きないだろうなあ~。(施設の職員には迷惑極まりない見学者だろうけど・・・汗)

広島へは一度泊まりの出張で呉近くまで行きましたが、大和ミュージアムとか潜水艦の博物館(?)とか行けずに悔しい思いをしておりました。軍艦ミリヲタの聖地巡礼ツアーがあれば、横須賀⇒舞鶴⇒呉⇒佐世保ですよね。
舞鶴は主に駆逐艦建造の聖地だし、呉は大型軍艦の聖地、佐世保は重巡や軽巡そして小生が愛してやまない潜水艦の聖地。プラモの塗料も「呉海軍工廠標準色」「佐世保海軍工廠標準色」「舞鶴海軍工廠色」がそれぞれ発売されているので、軍艦の造船地別にそれぞれ使い分けするのがモデラーのこだわりです。
※今のところ横須賀海軍工廠だけは特別配色が無くて今まで通り「軍艦色(2)」らしいのですが・・。

九州は今のところ「どげんかせんといかん県」のみで、あとは未訪の地です。
亀山社中とか、名護屋城とか、島原の乱とか、もちろん佐世保工廠も含めてお邪魔したいので、その節は是非ともアテンドお願いしますネ。

そうそう、隼鷹は大好きな空母の一つで懲りもせず作成しました。装甲空母大鳳の試作として艦橋一体型の煙突が特徴ですよね。
そのうち掲載したいと思うのですがいつになるやら・・・’(笑)

らんまる #- | URL | 2018/09/30 20:08 * edit *

春日丸!

おお、偶然、俺、春日丸持ってるで。
でもまだ箱なんだよなあ。

日本は商船を改装するのが上手いですね。
その最大傑作は隼鷹、飛鷹でしょうか?

もっとも改装を前提に設計され建造したともいいますけど。
しかし、隼鷹はまずまずの活躍はしましたけど、ほとんどは悲劇的な最後を遂げていますね。悲しいです。

活躍するにも航空機と搭乗員がいなく、対空戦闘能力も不足。
特に対潜能力の欠如が決定的でしたね。

あおれんじゃあ #- | URL | 2018/10/03 18:54 * edit *

Re: あおれんじゃあ様へ

師匠、春日丸を箱で持ってるんですか?羨ましいなあー。
先日家電量販店のプラモ売り場にいったら新田丸と八幡丸はあったのですが、春日丸が欠品中でした・・・(汗)

隼鷹は奇跡的に終戦まで生き残りましたネ。
艦橋と一体型の煙突は装甲空母大鳳の試作とも言われ、飛鷹と共にデータ収集において重宝されたようです。

それに比べると、日本郵船の貨客船の改造特設空母三姉妹は悲劇でした。
駆逐艦もろくに随行しない速度の遅い輸送艦の護衛任務で対潜の電探すら装備しない空母が、米軍の潜水艦の標的になるのは当たり前で、回避しろというのが無理難題です・・・。

誰も責任を取ろうとしない無責任な軍の上層部が勝手に突き進んだ太平洋戦争。当然の結果ながら家族の将来の為に戦った兵士たちの無念さが胸をうちます。

らんまる #- | URL | 2018/10/03 21:42 * edit *
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