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らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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城山 (小県郡青木村奈良本)  

◆信濃先方衆、青木村にて今シーズンの山城納め その3◆

前回紹介した「乗城」と「石川陣跡」そして、今回ご案内する「城山」の城址は、信濃先方衆の相方である「ていぴす殿」が「青木村誌」から得た情報を元に探訪している。

小生の地元バイブルである「小県郡史」には全く掲載の無い城跡なので、宮坂武男氏も未訪問に終わったのであろうか?

いずれにせよ「地元の城は、地元のヤツがキチンと調べて、世間に公表しなければならない」・・・この事である・・・(笑)

滝仙寺館(青木村) (5)
城山は麓の真田家家臣「池田出雲守定信」の居館である瀧仙寺館の要害と伝わる。(写真は2015年4月の改修工事中の瀧仙寺)


【立地】

小県郡青木村と松本市横川の境に聳える御鷹山(1623m)から派生した支脈の917mの尾根先にあり、滝川ダムの北東に位置する。城山麓には池田出雲守定信を中興の祖とする瀧仙寺がある。寺院が建立される前は在地土豪の居館がおかれ、池田氏の代になり改修が続けられたという。

城跡の背後まで林道が入っているが、途中からかなりの悪路になるので、オフロードのジムニークラスでも厳しい。滝川ダムへの道との分岐で無理せず車を捨てて徒歩で行くのがお勧めだが、松茸山なので7月~11月は無用のトラブルを未然に防ぐためにも入山しない事。

城山跡縄張図(青木村) - コピー1
久々に巻き尺で測定しつつ自力作製した縄張図。下には断面図を参考に付け足しておいた。

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郭2から見た主郭と堀切㋐。

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主郭から見下ろすとこんな感じ。

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切岸の角度と堀切の大きさが知りたい方の為に「ていぴす殿」に登場願おう・・(笑)

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堀切㋐の東斜面側には竪土塁を挟んで竪堀㋔を追加普請している。

【城主・城歴】

「青木村の史跡と文化財」には「城山は山城で池田氏の居城跡と伝えられている。築城年代は不詳。」と記している。地元では烽火台であるとの伝承もあり、青木村では平成三年四月に本郭を調査したというが、残念ながら炭やその他の遺物等も見当たらず狼煙台としての使用を裏付ける証拠は見つからなかったという。

IMG_9969.jpeg
楕円形の主郭は背後の堀切側を削り残してU字型土塁としている。この辺の山城で良くみられる手法である。

良くわからないという方は、上の写真といたずら書きをしてみた下の写真を比較するとご理解いただけるかもしれない・・(汗)

城山主郭①

実は、こういうアグレッシブな補助線を書き加える手法は城マニアの皆さまから見れば元来ご法度なのだろうが、写真をただ掲載してあるよそ様のブログやHPを拝見してもさっぱり分からなかった(失礼・・)事に疑問を持ち、編み出した手法である。

「小学三年生でも分かる山城ブログ」・・・って言い過ぎか・・・(笑)

この趣味に限らず、誰でも初心者からスタートして経験を積みレベル上げしていく。ある程度のレベルになったとしても、入門してくる初心者を思いやる心を忘れてはいけないと思うのです。(ローマは一日にして成らず・・・何のこっちゃ・・笑)

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主郭の南側の切岸には石積みが残る。かなり崩落したようだが、平土留めようの平石が確認出来る。

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かつては本郭の周囲を囲むように平積みの石積みが残っていたという。

青木村誌では続いて「築城についての記などが記録皆無の為、池田氏の居城との伝承も明らかではないが、本郭からの眺望がすこぶる良い事、また構築の全容からみて、郭が小規模であることからして、山麓に居を構えたであろう土豪の、見張りの砦あるいは烽火台などとしても考えられる山城である。」と記載している。


【城跡】

当初、青木村誌の縄張図を見た時に、「単郭に段郭を重ねた程度の簡易な物見砦」ぐらいに考えていたが、現地踏査するとかなりしっかり手の加えられた山城であり驚いた次第である。

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主郭背後の二重堀切を主郭より見下ろす。

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いわゆる「W型」と呼ばれる堀底を持つ二重堀切。北側は集合掘りとして竪堀となり北側斜面を遮断している。

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二重堀切から見上げた主郭の切岸。

城山跡縄張図(青木村) - コピー1
再度縄張図を掲載します。

主郭は楕円形で背後は削り残したまま。土塁で囲む意図は無く、背後の二重堀切との切岸の高さを稼ぐためであろう。主郭の前後を堀切で遮断し、東側の堀切の先には削平が不完全な郭2(19×15)を置いて切岸加工している。また、傾斜の緩い南斜面側には数段の段郭を置き攻城兵を頭上から攻撃できる空間を造作している。
搦手には二重堀切を設営し、尾根の林道手前に上巾10mの堀切で遮断している。

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二重堀切の堀切㋒はかなり埋没している。

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郭5(8×4)

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郭3(20×10) しっかり削平されている。

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郭4(14×4) 真面目に測量するってのも久しぶりでした(笑)

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郭3から見た堀切㋐への切岸。

当初は物見台程度の平場が、武田軍の占領下において境目の山城として改修されたものであろうと推察される。黒丸城ほどの戦国末期の技巧性は無いが、西城や東城と同様の時期の改修が考えられる。

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二重堀切の先の郭6。削平は曖昧だ。

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搦手の堀切㋓。自然地形のように見えるが、東斜面の遮断の為に加工されたとみてもよさそうである。

以上見てきたように、青木村誌のいう小規模な烽火台跡ではなく、地元の豪族が境目の危急を知らせる砦として大勢力が改修を命じて詰めさせた砦と考えるのが妥当な気がする。

武田氏時代には青木峠や保福寺峠などの主要街道の見張砦として使われ、信玄亡き後の第二次上田合戦の際には、保福寺峠からの侵入に備えて真田の守備兵が入ったものと想定するがどうであろうか。

古城(青木村沓掛) (5)
対岸の沓掛温泉にある古城の登り口から見た城山。


≪城山≫ (じょうやま)

標高:917m 比高:217m(滝川ダムとの林道分岐点より)
築城時期:不明
築城・居住者:不明
場所:小県郡青木村奈良本
攻城日:2019年4月28日、2019年5月3日(再踏査、縄張図作成)
お勧め度:★★★★☆
城跡までの所要時間:30分
見どころ:二重堀切、切岸、郭など
付近の城跡:平城、古城、瀧仙寺館など
注意事項:止め山にて7月~11月末までは原則不可
参考書籍:「青木村誌」
SpecialThanks:ていぴす殿


※Sは路駐可能な箇所。四駆でもスタックしそうな轍の酷い荒れた林道なので、歩いて行きましょう。
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Posted on 2019/05/06 Mon. 22:06 [edit]

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コメント

いい物件ですね

これはいい物件ですね。
縄張りをみると、土豪の城を
武田氏などが堀切を追加して
強化した様子が見受けられますね。

丸馬出 #- | URL | 2019/05/07 05:31 * edit *

Re: 丸馬出様へ

青木村の城跡は、東山道の要衝という事もあり戦国末期まで改修して使われた物件がそこそこあるので驚きます。

黒丸城を筆頭として、西城、東城、古城など。

今回の城山は掘り出し物でした。保福寺峠の監視砦が貧相な古城だけだとは思えなかったので、これで胸のつかえが取れました。

公表どころか、発見されていない山城はまだまだありそうですね。

らんまる #- | URL | 2019/05/07 20:46 * edit *

城山って・・

何といい加減な名前なんでしょう。
普通は「城山城」となるはずでしょうが。
城に名前はなかったという証拠でしょうか。

その割に遺構はなかなか素晴らしいですね。
落葉樹の林の中にある城はいいですね。

ところで4月末、白馬の三日市場城で立派なメジャーを拾ったのですが、落とした心あたりありませんか?

あおれんじゃあ #- | URL | 2019/05/12 22:13 * edit *

Re: あおれんじゃあ様へ

そうですね、きっと名前など無くてそれでも城山という名だけ地元民に伝承されたんでしょうね。

小生も相方に教えてもらわなければ、そのまま知らずに終わったと思います。
結構しっかりした普請なので驚きました。
宮坂武男氏も「長野にはまだまだ知られていない城が眠っている」と仰せなので、そのうちの一つでしょうか。

三日市場城は、あの史跡破壊事件以降行っていません。
破損個所は防護ネットで覆うような話でしたが、その後神城地震が発生してしまい、行政の対応は地震被害対策優先になったので、史跡がその後どうなったのかまた教えてください。

メジャーはひょっとすると村役場に依頼された業者の忘れ物か麓の旅館経営の地権者ものかもしれません。

今どき巻尺で計測するのは宮坂先生か私ぐらいでしょうね(笑)

らんまる #- | URL | 2019/05/13 07:48 * edit *
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