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らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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吉崎城 (群馬県下仁田町吉崎)  

◆単なる物見砦と言うには身分不相応の五条の大堀切の備え◆

先入観を持ちたくないので、初訪の山城は登り口の確認だけWEB検索させていただく主義である。

なので、今回の吉崎城は日頃お世話になっている清之介さんがブログで記載している事はガッテン承知の介(古いなあー笑)なのだが、彼には登り口にジムニーが駐車出来るか聞いただけである・・・(ゴメンナサイ・・・汗)

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麓から見上げる。どうやら手前の山頂が吉崎城らしい。

登城口は県道の千沢の橋のたもとの民家の脇道を入った突き当り。富士山登山口の道標がある。軽自動車なら入れて二台ぐらいの駐車スペースがある。

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登城路は浅間神社の参道を登るので、ジムニーの手前を左に登る。

【立地】

下仁田市街地の東南東、鏑川の右岸で千沢が合流する所の東の山が藤山(富士山)で、そこが城跡である。標高453mの頂上の主郭には富士浅間神社が勧進されており、麓からの登山道も整備されているが、鳥居までは結構急斜面が続く。
比高は約200mだがゆっくり登って30分弱ぐらいで頂上。眺望はすこぶる良い。(冬場だけ・・・・)

吉崎城見取図①
最近テキトーさに拍車がかかってきた見取図(笑)

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中段にある郭。山頂の主郭は狭いので、実際の小屋掛けはここだったと思われる。

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鳥居のあたりも削平が確認出来る。ここから先が城の主要部となる。

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上から見ると、鳥居とその周辺が削平された郭になっているのがお分かりいただけるかと・・。

【城主・城歴】 ※「境目の山城と館 上野編」(宮坂武男著)より引用

城主は桜井丹後守の出城で家老の桜井右近将監居城と伝えている。鷹ノ巣城主小幡三河守貞政は山の内上杉家に属し殆んど鷹ノ巣を留守にしていて城代の桜井丹後守が仕切り、吉崎城の方は右近将監が守ったものと推定される。築城は鷹ノ巣城の後で三河守貞政がの後を継いで、この吉崎城を築いて、本城の鷹ノ巣城の防衛を強化したものと考えらている。鷹ノ巣城主の小幡三河守は、武田氏滅亡の時に上杉景勝を頼って越後へ奔り、そこで没したらしい。

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富士浅間社のある主郭。9×9と狭く単郭なので籠城など無理。

城代の桜井丹後守は武田氏から滝川氏、更に北条氏に従って存続したと思われるが、天正十八年(1590)小田原の役で、上杉軍の別動隊の藤田能登守信吉により、西牧城・根小屋城と共に攻略され、同年、徳川領になるに及んで廃城となったものと思われる。なお、桜井氏は、その後徳川氏に任官して大坂奉行になったものがあるという。(『市川家弁財天の丈』による)また吉崎地区に桜井氏の後裔が現存している。 (以上引用終わり)

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主郭その2.この時期は緑が萌えだして眺望は良くない。

【城跡】

城跡は山頂部分(物見砦)と中段の曲輪(居住区)と二部構成になっている。
見取図をご覧いただければお分かりになるかと思うが、山頂部の単郭の北東尾根は五条の堀切で深く断ち切っている。また、南東の尾根は岩ガレの痩せ尾根に岩盤堀切二条で断ち切り防御を強化している。

●五条の堀切

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主郭の一段下の段郭から見下ろした堀切㋐。尾根自体の傾斜がキツイ上に更に堀切とは・・

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堀切㋐。補助線なくてもこの見映え。

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堀切㋐を下方から仰ぎ見る。

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堀切㋑。実は、五条の堀切を写した画像が何点か行方不明になってしまって・・・(笑)

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堀切㋑。上巾は8m。そして鋭い。

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堀切㋑の堀底。画面に入りきれない薬研堀ってのも素晴らしい!

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堀切㋒を見下ろす。上巾10m。撮影位置が悪すぎて実感わかない・・・?(汗)

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堀切㋒をサイドから。五百年の風雨に耐えての雄姿。

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堀切㋓。上巾8m。鋭さに脱帽です、はい。

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凄いなあー、ため息しか出ない・・・(笑)

つらつらと㋐㋑㋒㋓と四条までロクな無い説も無く写真のオンパレード!
んーん、実物を見ると痛く感動すると思うのですが・・・・

北東尾根先最後の堀切㋔ですが、苦労して下りた割にはピンボケ写真しかなくて感動のフィナーレを飾れない・・(笑)
おまけに見取図の竪堀が反対側の沢に長大に伸びているというミス・・・(汗)

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仕方がないので補助線入れて見ました。

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ラストの堀切㋔は北斜面に落ちる長大な竪堀。

●南東尾根

㋕と㋖の岩盤堀切二条があり、その先はガレの痩せ尾根でかなりの落差があり、この方面からの侵入はかなり難しいと思われる。
ウモ殿も小生も断念したこの尾根を清之介さんは下りて調査に及んだというので、申し訳ないが「命知らずの病人」の称号を贈呈したい・・・(爆笑)

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きゃー、グンマー名物岩盤堀切㋖!!(信州も負けないぞ!!イエイ! 笑)

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グンマー名物岩盤堀切㋕!!(昌幸公が黙ってないぞ!イエイ! 笑)

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堀切㋖の先は断崖絶壁。ここを下りるヤツの気が知れない・・・(汗)

如何でしたでしょうか?

正直申し上げますと、宮坂武男氏の描いた縄張図を持参して検証しながら踏査するつもりだったのに、縄張図を車に置き忘れた事に気づいたのが中段の郭付近でした・・・(爆)

なので、隅々まで堪能させていただき自分自身で感じる事が出来た次第でございますw

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アプリ「やまログ」の当日の山頂の画像データ。このアプリは長年使っていますが、信頼性はピカイチかと。


≪吉崎城≫ (よしざきじょう)

標高:453m 比高215m(県道より) 
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:群馬県下仁田町吉崎
攻城日:2019年5月5日
お勧め度:★★★★★(久々の満点)
城跡までの所要時間:25分
駐車場:軽自動車なら2台ほど。乗用車は川沿いの道路に自己責任で。
見どころ:五条の大堀切、二条の岩盤堀切、中央曲輪群からの景色など
参考文献:「境目の山城と館 上野編」(2015年 宮坂武男著 戎光祥出版) 
その他:南東尾根の探索は危険なので回避すること。

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中央段郭群からの景色。ここを敵に奪取されると、本城の鷹ノ巣城が危険なのは一目瞭然である。

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鏑川を挟んだ対岸からの遠景。
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Posted on 2019/06/11 Tue. 22:24 [edit]

CM: 6
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コメント

らんまるさんこんにちは。いつもお世話になってます。m(__)m


グンマーでトップクラスの美麗な堀切を持つ吉崎城へようこそです。

北側の末端の遺構まで見に行くと戻る時に気が遠くなってしまいますよね。

南東側の岩盤堀切はあの急峻な所に必要あったのかな?と思ってしまいますが、きっと長い年月の間にあの尾根筋も風雨により土が流れ落ちてしまったのでしょうね。
私もさすがに二本目の先には足が震えていけませんでしたよ。(;^ω^)

長野の山城はこのクラスはたくさんあると思いますので私もスキルを上げておかないと笑われてしまいそうです。

清之介 #- | URL | 2019/06/12 18:18 * edit *

Re: 清之介様へ

やたらと貴殿のお名前を連呼してしまい、恐縮ですw

下仁田町の中心部の城址は、「どげんかせんといかん・・」と思いつつ毎回素通り・・・(笑)

吉崎城は、五条の堀切が有名な山城と聞き及ぶものの、その山容の険しさから後回しにしておりました。

なので、鳥居から更にもう30分ほどの修行を覚悟していましたが、5分で主郭とは驚き過ぎて・・(笑)

貴殿の信濃の山城に対する情熱には我ら地元人も脱帽です。

でもね、「安全は全てに優先する」という我ら信濃先方衆の鉄則はどこの現場であっても遵守をお願いしますw

らんまる #- | URL | 2019/06/12 20:18 * edit *

今回も楽しく拝見しました。
いつか山城めぐりをしてみたい!という冒険心を掻き立てられるのですが、添えられた写真にある山道の険しさに怯んでしまいます。
やはり信濃先方衆やインディアナ・ジョーンズのような知力・体力が備わっていないとダメですよね・・・なので私は諦めます!

ところで、質問がございます。
毎回らんまる様が解説して下さる膨大な(歴史的)情報は、どのようにして集めていらっしゃるのでしょうか?
特別な方法、コツがございましたら、ぜひ是非お教えくださいませ!

普通の図書館ではなく、地域の郷土資料館のような所でないと手に入れられないものでしょうか?

じろう #6G1pQkbg | URL | 2019/06/21 20:00 * edit *

Re: じろう様へ

コメントありがとうございますw
拙いブログを回覧頂きお褒めの言葉まで頂けるとは、●●もおだてりゃ木に登れます(笑)

各城の城歴は文末の「参考文献」に記載しています。
宮坂武男氏の著書に頼る部分が大半ですが、信州の城は大正時代に初版となった「長野県町村誌」や、各町村が独自に編纂した町村誌を図書館等で借りて調べて掲載しています。
また、天正壬午の乱あたりに関連する山城は平山優氏の著書「天正壬午の乱」などを参考にしています。
地元の出版社が敢行した「北信濃の城」とか「佐久の城」なんかの地域限定本あたりも結構素材に使わせてもらいました。

やはり地元の城は地元の研究者や教育員会が調査した報告書や本が一番ですが、なかなか見当たりません・・(汗)
「○○の名城を歩く」シリーズなんかもある程度城郭は限定されますが、地元の学芸員が描いた縄張図や調査報告なんかが載っているので入門書としては良いと思います。

「地元の城は地元のヤツが発信する!」をモットーに掲載していますので、なかなか全国を股にかける猛者の皆様には及びませんが、地域密着型の営業を自負しておりますw (んーん、回答になっていないような気がするが・・・汗)

らんまる #- | URL | 2019/06/22 10:38 * edit *

らんまる様、ありがとうございます!!
直々にお言葉を頂けただけでなく、しかもこんなに詳細に・・・感激です!!!

記載の参考文献だけでなく、やはり地元での地道な調査も必要なのですね。
それがとても大切なのですね。
それがあっての珠玉の記事の数々なのだと大いに納得いたしました。

過去に、調べたい事があって検索放浪中にらんまる様の記事にヒットすること数知れず・・・大きな手がかりを度々いただきました。ありがとうございます。
これからはまず『らんまる攻城戦記』から始めたいと思います。

先日、ある信濃の城跡に初めて行ってみました。
らんまる様になりきって張り切って車を降りましたが、城は既にマレット氏に蹂躙されており、舗装された遊歩道を日傘片手にお散歩して帰りました。
ちがう。こんなんじゃない!
と思いはしたのですが、あれが私の身の丈に合った城攻めであったなぁと今しみじみ感じます。

いつの日からんまる様のように、城跡の落ち葉いっぱいの急斜面を華麗にスライドしながら楽しめるようになれたら・・・・と妄想しております。

じろう #6G1pQkbg | URL | 2019/06/23 15:59 * edit *

Re: じろう様へ

重ね重ねコメントありがとうございますw

小生もブログを書き始めて今年で10年になります。

始めた当初は何の反応もなく(当然・・)当時は城専門のHPやブログなど極めて狭い世界でしたので、色々な方にコメントを入れても、城巡りをスタートさせたばかりの素人を相手にしてくれる方などおらず、途方に暮れたものです・・(笑)

「地道に発信し続ける事が読者を得る最良の方法」・・・・小生が尊敬するマサハレ様の言葉に励まされ続け、ここまで辿り着きました・・・が、時々慢心していないか、専門用語を使い過ぎていないか、誰もが見てもそれと分かる写真を使用しているか・・・自問自答の日々は今も続きます。

実は堀切や切岸の写真に補助線を入れるのが今では当たり前ですが、それを始めたのは小生が最初(チョッと自慢・・・爆)。だってそれまでは著名な方の山城はどの写真もせいぜいV字堀切の断面写真のオンパレード。
小学生でも分かる中世城郭・・・それは私の原点であり、生涯の取り組むべきテーマだと・・・(チョッと真剣・・・笑)

「信州の山城って、面白そうだよね、今度行ってみようか!」

そんな方々の道標になればいいなあー、なんて思って掲載しています。貴方もその一人になっていただけて心から嬉しく思います。

城跡に対する想いは、人それぞれの考え方や感じ方があって然るべきだと考えています。
なので、私は、信濃先方衆として時々ご一緒する「ていぴす」さんといつも語るのは、他人の書いた城跡の記事など参考程度に留めていただき、(場合によっては無視しても結構・・笑)

「まずは、あなた自身の目で城跡をしっかりと見て、あなたの感じるままを大切にして欲しい」

「そしてあなたの縄張図を心の中に描いて欲しい」

「そこから見える景色を心に刻んで欲しい」  (中には雑木林で景色が見れない城跡も多数あるのだが・・汗)

私のブログに掲載された城は私が現地で感じ見た私の主観で述べたに過ぎない。あくまでも参考程度で。

なので、貴方は貴方が感じたままを大切にして欲しい。

長くなりましたが、良きお城ライフを満喫してくださいませ!

らんまる #- | URL | 2019/06/23 21:29 * edit *
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