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らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0908

荒城2 (リテイク 上田市常磐城)  

◆太郎山の派生する尾根の付け根に築かれた物見砦◆

冬に向けての体力づくりと称して、最近は上田市民の山「太郎山」(1164m)に2回ほど登った。歩数計では約11,000歩ほどだが、比高600mなので、横移動の平地に比べればおよそ四乗のパワーを使う計算になるという。

さて、本日も太郎山トレッキングにトライするのだが、せっかくなので前回「上田城石切丁場その①」でご紹介した「牛伏・荒城」コースを通り、十年ぶりの荒城を訪問しようと思った次第。

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千曲川に架かる上田橋と常田大橋の中間地点から見た遠景。荒城の標高は900mと結構高い。

考えてみたら、牛伏城はリテイク記事を書いたが(⇒牛伏城)、荒城は一度行っただけで、その場所に辿り着くまでの大変さからパスしてきた・・(笑)

【立地】

上田市の北側に屏風のように聳える太郎山山系の中心である太郎山(1,164m)から東へ延びる支脈から分岐するように南に下りる尾根の付け根に位置する。荒城からさらに210m下った尾根先には牛伏城があり、虚空蔵沢を挟んだ反対側には矢島城がある。

【城主・状歴】

史料、伝承等なく不明。大正十一年刊行の「小県郡史」には「アラ城址」として以下の記載がある。

「アラ城は上田市常盤城區字太郎山の七合目にある山城なり。本郭は方二間にして、北方に堀切あり。東、南、西の三方は峻坂なれど、其の南方のみには降下するに随ひ工事を施せり。即東西五間、南北二間の一郭ありて、次に東西三間、南北二間の一郭、次に東西七間、南北三間の一郭、次に方二間の一郭、次に堀切、次に方一間小郭、次に堀切あり。これより漸次山腹に連なる。所傳なし。或いは村上連珠砦の一にして、牛伏城と此城を併せて一郭と見るべきか。」

荒城見取図①
主郭の前に三条の堀切を穿ち、主郭の手前は段郭と高い切岸で防御。主郭の背後は岩盤堀切一条、その背後を二条の堀切。

【城跡】

11×6の単郭の前後を堀切で防御した物見砦であろう。この場所からは東尾根筋の花古屋城は見えず、尾根先の牛伏城との直接連絡も難しい。飯綱城は「指差しゴウロ」のある支脈が邪魔でほとんど見えない。

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最初に現れる堀切㋐。かなり埋まっている。

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堀切㋐と堀切㋑の間は緩い勾配で削平は不完全なまま。

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こちらはしっかり残っていました。

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主郭手前の堀切㋒。宮坂武男氏は二重堀切の一条が半分埋まったように記載しているが、当初から二条目は片側のみだろう。

小県郡史が最後に推察しているように牛伏城と荒城が「上の城と下の城」の関係だったのか?の判断は難しい。直接の連携を行うにはあまりにも距離があり過ぎると思う。
その点、矢島城のある場所は視界に入るので、宮坂氏が推定するように荒城は矢島城の詰め城(物見の城)と考えらる。

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堀切㋒から見上げた主郭手前の切岸。小さな段郭を重ね左側に虎口があったようだ。

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石積で補強された主郭の切岸。この辺の手法は飯綱城、物見城や花古屋城と共通している。

主郭は地山を削り削平して背後をわざと削り残し主郭を目隠しする工法で、ケムリノ城、物見城、花古屋城も全く同じ作りである。村上連珠砦がほぼ同じ時期に作られ同じドクトリンで設計された事を物語っているように思える。

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西側から見た主郭。

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東の通路側からみた主郭と背後の削り残し。搦め手からの敵から中枢部が見えないようにする工夫だろうか。


【太郎山山系を楽しくつくる会の皆様の城址整備活動】

昨年、小生は事務局の早川様にお誘いいただき「太郎山山系を楽しくつくる会」(会長:内田守之氏)に入会させていただいた。
この会は、その名の通り、太郎山山系の登山道の整備や史跡、城址整備などに以前から積極的に取り組み、最近では上田市教育委員会と連携して村上連珠砦や中世の城郭に関するセミナーや勉強会を定期的に行い、ここ数年の村上連珠砦の整備事業に関しては小生も会の皆様の努力と行動力には感謝の気持ちで一杯です。

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今回まさか荒城も整備して看板があるとは夢にも思いませんでした・・・

飯綱城と牛伏城の整備は昨年の活動で存じておりましたが、まさか荒城まで実施していたとは、いたみ入ります。
内田会長の村上連珠砦に対する情熱と会の統率力は素晴らしい。

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こちらは牛伏城の案内看板。

今年の11月は全国山城プレサミット、来年はいよいよ本番の全国山城サミット上田大会本番なので、小生も微力ながらお手伝いさせていただく予定です・・・

さて、話を城跡に戻しますか・・・(笑)

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主郭背後の岩盤堀切㋓。やはり村上連珠砦には岩盤堀切が良く似合う。

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堀切㋔。

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城域最終の堀切㋕。この先は傾斜がきつくなり高度を更に上げて太郎山の表参道に繋がっていく。

「村上連珠砦群」の全制覇を密かに狙う方がいらっしゃるようです。荒城は牛伏城までの道が無く直登していた時期は、結構難易度の高い砦の一つでしたが登山道が整備されたのでかなり楽にはなりましたが、いかんせん登り口から約1時間近くかかるので、遠見番所並みの忍耐は相変わらず必要かと…修行だと思って頑張りましょう・・・(笑)

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到着時の荒城の位置表示。

その後、太郎山山頂を目指して再び無事登頂に成功。しばらくはこのルートは遠慮させていただきます・・・(汗)

≪荒城≫ (アラジョウ アラ城)

場所:上田市常磐城(標高900m 比高410m)
攻城日:2019年9月7日(初回訪問:2010年8月15日)
お勧め度:★★☆☆☆
時間:登り口の虚空蔵堂より太郎山牛伏コースで約50分(牛伏城から30分)
見どころ;岩盤堀切、土塁など
注意:ひたすら歩くので登山靴は履きなれた靴で。
参考文献:「信濃の山城と館③上田・小県編」(宮坂武男著)、「小県郡史」


Ⓢは駐車場所(虚空蔵堂の登り口の道路脇に1台スペース有り、路駐)

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村上連珠砦群の制覇には、ある程度の経験とそれなりの体力、そして孤独に負けない精神力・・・修行僧のような心構えですね。
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Posted on 2019/09/08 Sun. 15:17 [edit]

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コメント

お得ですねえ

きつい山ですが、1回のツアーで数城を見れるのはお得ですねえ。
こういった山城、規模はともかく、廃城時そのままの状態というのが良いです。当時の緊迫した雰囲気がそのまま伝わってくるのがいいです。
破壊とか改変されちゃうと損した気分になりますね。

あおれんじゃあ #- | URL | 2019/09/14 20:56 * edit *

Re: あおれんじゃあ様へ

師匠、村上連珠砦群の全制覇、信濃の山城マニアの密かなブームのようですよ。

従来難儀していた物見砦と飯綱城への登山ルート、そして今回の牛伏城・荒城のルートが整備されたので、残るは燕城と砥石城の西側の上の城・下の城ぐらいでしょうか。
とはいえ、虚空蔵山城本体が体力と時間を要するので、尻込みする方は相変わらず多いようです。

城址の整備には大変感謝するのですが、継続する事の大変さで中途半端に終わると跡が余計大変な状態になったケースを何件か見てきました。合併を繰り返した地方自治体には、そんな中世の山城を整備する余計な財源も無いし、知識を持った職員も少ないのが現状です。

やっぱ藪でも何でも、手を入れずに「そのまま」がいいと思います。
そのおかげで何百年も風雨を耐え忍んで現在まで残った訳ですし・・・。

見たい奴はどんな手段使っても見に来るわけです・・・(たちの悪いストーカーのようです)
おっと、我々の事じゃないでしょうか・・(爆笑)

らんまる #- | URL | 2019/09/15 16:56 * edit *
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