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らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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戸石城 リテイク②(内小屋とその周辺)  

◆米山城の南に模擬櫓門と登城路を作る事で起きた大手口の悲劇◆

平成31年と令和1年を折半したような2019年がもうすぐ暮れようとしている。

個人的には色々と悲喜こもごもが濃縮されたような記憶に残る一年間であった・・・。

なかでも特筆すべきは、地道な地元の山城への想いが皆様の後押しを得て、日の当たる場所に辿り着いた事であり、感謝感謝でございます!

今回ご案内するのは、戸石城のあまり知られていない「内小屋」とその周辺にスポットをあててみました。

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砥石・米山城への登城ルートとして今ではメインとなってしまった「砥石米山街道」の案内板の誘導による南側の支脈ルート。(通称:櫓門ルート)

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疑似櫓門まで建ててしまったが為に、このルートが米山城・戸石城への登城ルートとして認知されてしまった。

確かに、このルートは駐車場も完備され、櫓門から城の南に伸びる支脈から戸石城と米山城の間の馬の背状の尾根に出るので、急こう配な坂を多少我慢すれば時間短縮で戸石城の主要部と米山城を見られるのでお得感が満載である。

だが、この見学コースの往復では、戸石城が何故に山岳ゲリラ戦隊を擁する武田軍の猛攻に耐えて難攻不落を誇り、上田城への移転前の真田昌幸の本拠地でありえたのかの答えを探した事にはならないであろう。

地元の皆さんの長年に渡る整備には心より感謝するものの、せっかく整備した他のルート(大手口、水の手口)も見てもらえるような工夫が必要だと切に思う(皆様の苦労も知らず生意気な物言いで申し訳ありません)

【大手口ルートと陽泰寺】

伊勢山自治会の集落に入り、北側の陽泰寺を目指す。道路は狭いが交通量はほとんどないので、陽泰寺の広大な駐車場を借用する。駐車場脇に立つ説明看板。

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城跡以外の名所旧跡も記載されている

●飯縄城跡(旧伊勢山集会所とその北側付近)

陽泰寺の駐車場から南へ100m程下ると、石垣を備えた立派な建物が東側に見える。建物は明治23年に建てられた伊勢山集会所で、石垣は神川の石を担ぎ上げて加工したものだという。
此の場所は飯縄城(飯綱城とも)と呼ばれ、上州街道の番所的な場所として地元に伝わり、集会所の裏手には郭跡があるという。

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集会所とその裏手の山が城跡と伝わる。

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立派な石垣。建物は木曽の大工さんによるものだそうです。大事に後世に伝えて欲しいものです。

戸石城内小屋

●内小屋とその周辺の砦跡

平時の居館跡はここにあったと推定されている。東側を神川の険しい崖に護られ、背後は戸石城に通じる深い沢で遮断されている。戦時は松代街道を封鎖したのであろう。

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陽泰寺の北尾根先には神社が祀られている。ここも砦跡だろう。

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一段上の神社の本殿。ここも段郭で、この尾根筋を登ると南へ張り出した戸石城の南東の堀切に通じる。

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神社のある段郭から飯縄城方面。伏兵を置き狙撃するにはいい位置である。

内小屋と指定される場所は数段の削平された郭があり中央を上巾12mの堀切で遮断している。
昭和29年の浄水池工事の際にあ「カマス」に入った麦などの穀物が半炭化状態で出土し、小銭や暖炉裏のようなものも出たという。また、平成16年のNTTドコモのアンテナ工事の際には、水平面のラインや土器の欠片や炭も出てきたという。

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道路の左側が内小屋の先端部分と指定される。

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上巾12mの堀切。東側は神川へ落ちている。

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堀切の南側の郭。耕作地化による改変はあるものの、広さは往時と変わらないだろう。

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NTTドコモのアンテナの立つ郭。堀切と接続する部分は竹林の雑木林でその北側に位置する。ここにメインの居館があったか?

内小屋の背後の高台には物見台と伝わる場所が張り出し、その尾根伝いの段郭には稲荷社が鎮座する。
この尾根も恐らく砦跡であり、戸石城が本格的に整備改修される前は内小屋の防衛を担っていたと推定される。

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物見台へはアンテナ塔の背後に道がついているので迷わないで行ける。

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物見台から見た内小屋先端とその周囲。(南側方面)

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物見台と呼ばれる痩せ尾根。

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稲荷社。地元の方にとても大事にされているのがよくわかります。

さて、今回ご案内しました戸石城の「内小屋とその周辺」は如何でしたでしょうか。

最後の稲荷社では地元の方2名にお話を少し伺いました。大手道から戸石城へ登る人を久々に見たと大変驚いていました。
やはり、櫓門コースから水の手や大手道へ下りる周回コースは認知度が低いのでしょう。せっかく整備されているのに、残念でなりません。

次回は「水の手」コースのご案内の予定。年明けかしら・・・(笑)

≪戸石城 内小屋とその周辺≫ 

標高:650m 比高:10m(陽泰寺より)
築城年代:不明
築城・居住者:村上氏、真田氏
場所:上田市上野
攻城日:2013年12月22日 
お勧め度:★★★★★(満点) ここを知らずして信濃の山城は語れない
内小屋までの所要時間:10分
見どころ:堀切、郭、物見台など
駐車場:有り(陽泰寺の駐車場借用)
参考資料:伊勢山自治会・砥石伊の会「いせやま で未来につなげたいこと」(2019年3月 砥石伊の会ガイド部会)


Ⓢは南側の砦跡(神社) Ⓖは物見台。レ点は内小屋の堀切跡。
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Posted on 2019/12/28 Sat. 11:29 [edit]

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コメント

お世話になりました

このルートではまだ登った経験がありません。
ここを見ないと、戸石城を見たとは言えませんね。
今度、アラ城の復讐戦を兼ねて攻略します。
しかし、執念、深いねえ。

メジャーデビュー何よりです。面が割れるとスーパーでも声かけられますよ。
貴殿の活動で地元の城、見直しに火が付き、拡大しているのでしょう。
しかし、それまで時間がかかりますね。潜伏期間が長い!

今年は久々にお会いでき、ごつい山城、案内いただき感謝です。
また、お会いできることを楽しみにしております。
良いお年を。そしてまた来年もよろしく。

あおれんじゃあ #- | URL | 2019/12/31 13:28 * edit *

Re: あおれんじゃあ様へ

東信濃の全国区の山城といえば、戸石城を差し置いて他にはないでしょう。
そのメジャーさ故に、小生も含めてキチンと隅々まで見ている人が少なかったので、今回の掲載を思いつきました(笑)
ここ最近は虚空蔵山城が赤丸急上昇(言い回しが古いなあー)

今年は匿名希望を捨て、自分の物言いは自分の責任において名前を出そうじゃないか・・・という単純発想。
上田市教育委員会の和根崎氏の助言が無ければ相変わらず地下組織の一員だったような気がします(笑)

久々にアオさんとご一緒出来て楽しかったです。
やはり気心の知れた方をご案内するのは嬉しいものです。

では、今年一年お世話になりました。来年もまたご一緒出来る事を願いつつ、良い年をお迎えください。

らんまる #- | URL | 2019/12/31 14:42 * edit *
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